三分怪談

3分で読めるホラー掌編

長編 第八話 — 読了目安 約20分

拾ったら返す

一 浜の決まり

私が育った港町には、子どもが最初に教わる決まりがあった。

「浜で拾ったものは、日が沈む前に、拾った場所に返す」

貝殻も、シーグラスも、流木も。昼の間は、いくら拾って遊んでもいい。ただし持ち帰ってはいけない。帰り道、防波堤の切れ目のところで、ポケットを裏返して見せるのが、子ども同士の作法だった。

理由を大人に聞くと、答えはいつも同じだった。

「浜のものには、持ち主がおるから」

海で死んだ者のものだから、という意味だと、子ども心に解釈していた。半分は合っていた。半分は、もっと悪かった。

小学五年の夏、転校生が来た。県庁所在地から来た、圭太という子だ。頭がよくて、口も達者で、田舎の決まりを「迷信じゃん」と笑う子だった。

八月の初め、私たちは浜で遊んだ。圭太が、波打ち際で何かを拾い上げた。

ビー玉だった。ただのビー玉ではない。深い青の硝子の中に、白い渦が入った、びっくりするほどきれいな玉だった。夕方、防波堤の切れ目で、圭太はポケットを裏返さなかった。

「これは返さない。だって、これ、誰かが落としたやつじゃん。海のものじゃなくて、人のものだろ。だったら拾った者勝ちだ」

理屈は通っていた。誰も言い返せなかった。ただ、一番年上の漁師の家の子だけが、真顔で言った。

「圭太、それ、今夜だけ枕元に置いて寝てみ。取りに来られたら、素直に返せよ。絶対、握って寝るなよ」

二 取りに来る

翌朝、圭太は目を真っ赤にして学校に来た。

「……夜中にさ、窓の外で、音がしたんだ」

圭太の家は、内陸側の新興住宅地の二階建てで、彼の部屋は二階だった。夜中の二時ごろ、窓の外で、ぴちゃ、ぴちゃ、と音がした。雨かと思ったが、雨音とは違う。もっと重い、濡れたものが硝子に当たる音。

そして、窓の外から、囁き声がした。

「かえして」

子どもの声のようで、老人の声のようでもあった。圭太は布団をかぶって、朝まで震えていた。窓の外は二階だ。足場などない。

「返せよ、今日」と私たちは言った。

「……やだ」と圭太は言った。「怖かったけどさ、考えたんだ。向こうは『かえして』って言うだけで、何もできなかったんだぜ。入って来られないんだよ。だってさ、うち、玄関に盛り塩してあるもん。ばあちゃんが毎日取り替えてる。あれが効いてるんだ」

圭太は覚えたての理屈と半端な知識で武装して、ビー玉を返さなかった。二晩目、音は玄関に来た。ぴちゃ、ぴちゃ。かえして。三晩目は、家じゅうの窓を、順繰りに回った。圭太の家族には、聞こえないのだという。圭太にだけ、聞こえる。

四晩目の朝、圭太は学校を休んだ。心配で放課後に家を訪ねると、圭太のばあちゃんが出てきて、私を見るなり、深刻な顔で聞いた。

「あんた、地元の子だね。……浜で、なんぞ拾ったろう、あの子」

私は全部話した。ばあちゃんは血相を変えて、二階から圭太を引きずり下ろし、ビー玉を出させた。そして、私に頼んだ。

「拾った場所、分かるかい。案内しとくれ。日のあるうちに」

夕方の浜で、ばあちゃんは、拾った場所にビー玉をそっと置き、塩を撒いて、長いこと手を合わせた。それから私にも手を合わさせた。帰り際、波打ち際を振り返ると、置いたはずのビー玉は、もうなくなっていた。波は、そこまで届いていなかったのに。

その夜から、音は止んだ。めでたし、めでたし──と、当時は思っていた。

三 利子

圭太は中学に上がる前に、また転校していった。連絡は途絶えた。

三十年後の去年、同窓会があった。誰かが音頭を取って、圭太にも声がかかった。彼は来た。都会の会社で働く、恰幅のいい中年になっていた。

宴もたけなわの頃、圭太が私の隣に座って、酒を注ぎながら、声を落とした。

「なあ、ビー玉のこと、覚えてるか」

「覚えてるよ。返して、収まったやつだろ」

「収まってないんだ」

圭太は、周りに聞こえないように、ぼそぼそと話した。

「あれからずっと、何もなかった。何十年もだ。忘れてたよ、完全に。……去年、娘が生まれてさ。初節句で、嫁の実家から、雛人形をもらったんだ。その夜からだよ。娘のベビーモニターに、音が入るようになった」

ぴちゃ、ぴちゃ、と。

「モニター越しに、聞こえるんだ。それで、あの声がする。『かえして』って。……最初は意味が分からなかった。ビー玉はガキの頃に返しただろって。何をだよって。毎晩考えて、思い出したんだ。なあ、お前、覚えてるか。俺があのビー玉、何日、手元に置いてたか」

「……四日、か?」

「そう、四日だ。それでな、ゆうべ、とうとう、声がはっきり言ったんだよ」

圭太は、グラスを持ったまま、笑おうとした。うまく、笑えていなかった。

「『よんにち、かりたなら、よんにちぶん、かえして』って。それでさ、続けてこう言ったんだ。『こどもの よんにちは、ながい。おとなの よんにちは、みじかい。だから りしを つけて──よんねん で どうだ』って」

四年。何を、とは、圭太は言わなかった。言えなかったのだと思う。ベビーモニターの向こうには、生まれたばかりの娘がいる。

「なあ、あの浜の決まりって、誰が決めたんだ? 大人たちは、何を知ってたんだ? 『日が沈む前に返す』ってのはさ、つまり、借りたのが昼のうちなら、貸し借りなしってことだろ。夜をまたいだら、利子がつくんだ。俺、四晩またいだ。だから──」

私はその場で、実家の父に電話した。八十を過ぎた父は、圭太の話を聞くと、長いこと黙って、それから、ひとことだけ言った。

「まだ『相談』の段階なら、間に合う。孫の宮参りの浜で、話をつける家が、昔から一軒ある。網元の家だ。金はかかるぞ。あすこの家はな、代々、それで食っとる」

圭太は先月、家族で私の郷里に来て、網元の家で「話をつけて」もらった。何をどうしたのか、私も詳しくは知らない。ただ、帰り際に圭太が見せてくれた「領収書」だけは、忘れられない。古い和紙に、墨で一行。

「一、あをだま 壱ヶ ── 利子共、浜へ返済済み」

宛名の欄には、圭太の名前ではなく、圭太の娘の名前が書いてあった。

網元の当主は、判子を押しながら、こう言ったそうだ。「借りたのが誰か、向こうは名前で覚えとるんじゃない。血で覚えとる。だから返済の名義も、いちばん新しい血にしとくのが、いちばん安い」──それがどういう意味なのか、圭太はまだ、怖くて聞き返せずにいる。

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