鏡の間
一 老舗旅館
取材で、山あいの古い温泉旅館に泊まった。
私はしがない旅行ライターで、廃業寸前の宿を紹介する連載を持っていた。その旅館は明治創業。当主は八十近い老人で、跡継ぎはなく、その年の暮れで店を閉めると決めていた。
「最後だから、うちの一番いい部屋にお泊めしましょう。──ひとつだけ、決まりを守ってもらえれば」
通されたのは、離れの十畳間だった。床の間に、古い姿見が置いてあった。人の背丈ほどの、黒漆の枠の鏡だ。布が掛けてある。
「決まりは簡単です。夜の間、この布を取らないこと。それだけです」
「立派な鏡ですね。曰くつきですか」
当主は笑わなかった。お茶を淹れながら、ぽつりぽつりと話してくれた。
「昔はね、この部屋、鏡が二枚あったんです。床の間と、あちらの壁に、向かい合わせに。合わせ鏡の間、と呼ばれてました。明治の頃の道楽で、そういう普請が流行った時期があったんですよ。鏡の中に、部屋が無限に続いて見える。お客が喜んだそうです」
「今は、一枚だけ」
「ええ。一枚は、割りました。私の祖父の代に。……理由は、聞かんでください。ただね、割ったほうの鏡に映っていた部屋は、割っても、なくなってくれんのですわ。行き場をなくして、残った一枚の中に、引っ越してきよった。だから夜は、布を掛けるんです。あちらさんの、寝る時間ですから」
冗談とも本気ともつかない口ぶりだった。私は連載のいい題材になると思い、内心喜んでいた。浅はかだった。
二 布の下
夜半、目が覚めた。
障子越しの月明かりで、部屋は青白かった。何で目が覚めたのか、すぐに分かった。音だ。さら、さら、と、衣擦れのような音が、部屋の中でしている。
床の間の姿見の、布の下からだった。
布が、膨らんでは、戻る。呼吸のように。そして布の裾から、畳の上に、光が漏れていた。月光ではない。もっと黄色い、行灯のような明かりが、鏡の中から漏れているのだ。
布の向こうで、女の声が、小さく歌っていた。子守唄のようだった。聞いたことのない節回しの、古い唄。
取材者の性というのは、恐怖に勝つ。勝ってしまう。私は枕元のペンライトではなく、スマホを手に取り、動画を回しながら、にじり寄った。布の裾の、畳との隙間、五センチほど。そこにレンズを向けて、そっと差し入れた。
画面に映ったものを、順に書く。
鏡の中には、この部屋が映っていた。ただし、行灯が点いていた。布団が二組敷いてあった。誰かが寝ていた。そして、枕元に女が座って、寝ている者を扇いでいた。団扇で、ゆっくり、ゆっくり。歌いながら。
寝ているのは、着物姿の男だった。顔は見えなかった。女が、ふと、扇ぐ手を止めた。
そして、こちらを見た。レンズを、まっすぐに。
五センチの隙間の、豆粒ほどのレンズを、暗い部屋の端から、正確に。女は口の動きだけで、何かを言った。動画を後で確認すると、その口は、こう動いていた。
「の ぞ く な」
直後、布がばさりと大きく揺れて、スマホが弾き飛ばされた。私は布団に戻り、朝まで唱えるように、すみません、すみません、と繰り返していた。布の下の明かりは、夜明けとともに消えた。
三 宿替え
朝食の席で、当主に全部話した。隠せる気がしなかった。
当主は、箸を置いて、長いこと目を閉じていた。それから、意外なことを聞いた。
「……女は、誰を扇いでました」
「着物の男の人でした。顔は見えませんでした」
「男。──そうですか。まだ、祖父の番ですか」
当主は、それから、割った鏡の話をしてくれた。決して聞くなと言った話を、自分から。
「合わせ鏡の間には、ひとつ言い伝えがあった。『鏡と鏡の間で眠った者は、向こうにも寝姿が残る』。泊まり客の寝姿が、な。祖父の代に、この部屋に長逗留した芸妓がおりました。祖父といい仲になって、揉めて、この部屋で死んだ。首をくくったんですわ、鏡と鏡の間で。……それからです。夜になると、両方の鏡の中に、あの人が座るようになった。こちらの部屋には、おらんのです。鏡の中だけに、おる。そして毎晩、鏡の中で、誰かの枕元に座って、扇ぐ。最初は空の布団をね。祖父は怖くなって、鏡を一枚、割った」
「割ったら、どうなりました」
「あの人の居場所が、半分になっただけです。それから、鏡の中の布団に、祖父が寝るようになった。……いや、言い方が違うな。祖父の『寝姿』が、向こうに取り置かれるようになった。祖父は晩年、眠るのをひどく怖がりましてな。『わしはもう何十年も、あっちでも寝かされとる。あの人はわしを寝かしつけて、扇いで、唄うんじゃ。わしが死んだら、次は誰の寝姿を取り置くのか』と」
当主は、私を静かに見た。
「お客さん。ゆうべ、覗きましたな。……覗いた者の寝姿は、向こうさんに、覚えられます」
私はその日のうちに宿を発った。連載には、鏡の件は一行も書かなかった。書けなかった。当主は年の暮れ、予定どおり宿を閉めた。建物は解体され、あの鏡がどこへ行ったのか、私は知らない。知らないままにしておいた。
半年後、私は自宅の洗面所の鏡を、買い替えた。理由は、こうだ。
朝、髭を剃っていると、鏡の中の洗面所のドアの向こう──映り込んだ廊下の暗がりに、時々、着物の袖のようなものが、すっと引っ込むのだ。振り向いても、現実の廊下には何もない。鏡の中の廊下にだけ、何かがいる。
鏡を替えても、無駄だった。新しい鏡にも、三日で「引っ越して」きた。
今は、家じゅうの鏡に、夜だけ布を掛けている。妻は文句を言ったが、一度だけ、夜中に洗面所の布の下から漏れる行灯色の明かりを見てからは、何も言わなくなった。
先週、六歳の娘が、朝食の席で言った。
「ゆうべね、おふろばの かがみの なかで、おんなのひとが おふとん しいてたよ。ちいさい おふとん。わたしに ちょうど いいくらいの」
私は今日、家じゅうの鏡を外して、処分の業者を呼んだ。業者は言った。「処分はできますが、こういうのは、割っちゃうと、かえって……ご存じですよね?」──知っている。割れば、居場所が半分になるだけだ。そして半分になった分だけ、あれは、残った鏡に深く籠もる。うちに残る一番小さな鏡は、娘の学習机の、引き出しの中の手鏡だ。