四日目の膳
私の実家には、お盆に妙な風習がある。
盆というのは普通、十三日に迎え火を焚いて、十六日に送り火で締める。ご先祖さまは三泊四日で帰ってきて、帰っていく。うちも表向きはそのとおりだ。仏壇に提灯を出し、精霊馬を飾り、朝晩に膳を供える。
ただ、うちだけは、送り火を焚いた翌日──十七日の晩にも、膳をひとつ出す。
仏壇にではない。仏間の隅、床の間の脇の畳の上に、直に。ごはんと味噌汁と、きゅうりの浅漬け。祖母は毎年それを「四日目の膳」と呼んで、誰にも触らせずに自分で用意していた。
子どもの頃、一度だけ聞いたことがある。おばあちゃん、それ誰の分。
祖母は少し困ったように笑って、こう言った。
「うちはね、一人多く帰ってくるの」
「誰が?」
「知らない人」
知らない人、と祖母は言った。ご先祖さまではないのか、と幼心に不思議だったのを覚えている。祖母は続けて、独り言のように言った。
「送り火で皆さんお帰りになるでしょう。でもあの人はね、帰る家がないんだか、帰り方を忘れたんだか、一日遅れでうちに寄るのよ。おばあちゃんが子どもの頃からずっとそう。だからお膳だけ出しておくの。出しておけば、食べて、次の年まで来ないから」
「食べなかったら?」
祖母は答えなかった。代わりに、私の頭を撫でて「あんたは知らなくていいの」と言った。
祖母が死んだのは、私が高校二年の冬だ。
翌年の盆、膳の支度は母が引き継いだ。迎え火、送り火、つつがなく済んで、十七日の晩になった。母は台所で夕飯の後片付けをしながら、ふと手を止めた。
「……お膳、忘れてた」
時計は夜の十時を回っていた。今からごはんを炊き直すのも、と母は迷って、結局「一年くらい、いいでしょう」と言った。おばあちゃんの代のことだし、と。父も「迷信だ迷信」と笑っていた。私も、正直どちらでもよかった。
その夜中、私は喉が渇いて目を覚ました。
部屋を出て、台所へ行こうと廊下を歩いていると、仏間の襖が細く開いているのが見えた。中は真っ暗だ。ただ、暗がりの奥で、畳を擦るような音がしていた。
ず、……ず、……と。
重いものを、少しずつ引きずるような音。猫でも入り込んだかと思って、襖の隙間に手をかけた。そのとき、音がぴたりと止まった。
暗闇の中から、店の棚卸しでもするような、平坦な声がした。
「ない」
心臓が跳ねた。声は続けた。
「ことしは、ない」
私は襖から手を離し、自分の部屋まで走って布団をかぶった。朝まで一睡もできなかった。
翌朝、仏間を見に行くと、畳に妙な跡が残っていた。床の間の脇──毎年膳を置いていたあの場所を中心に、畳の目に沿って、何かを探し回ったような擦り跡が、部屋じゅうに渦を巻いていた。そして障子の腰板に、灰色の手形がひとつ。ちょうど、膳を置く場所の高さに。
母は青い顔でそれを拭きながら、私に「誰にも言うんじゃないよ」と言った。父はその日から「迷信だ」と言わなくなった。
その年は、それで済んだ。済んだ、と思っていた。
変化に気づいたのは、次の年の盆だ。母は今度こそ念入りに、十七日の晩、四日目の膳を用意した。ごはん、味噌汁、きゅうりの浅漬け。祖母がしていたとおりに。
翌朝、膳は食べられていた。ごはんは減り、箸は使われ、椀は乾いていた。それはいい。祖母の代からそうだったらしい。
ただ──箸が、二膳になっていた。
母は一膳しか置いていない。なのに、朝には見覚えのない古い塗り箸がもう一膳、椀に行儀よく揃えて置かれていた。まるで「次からは二人分」と言われているようだった。
母は何も言わずにその箸を白い紙に包み、菩提寺に納めに行った。そして次の年から、四日目の膳は二つになった。
去年、私は結婚して、県外のアパートに移った。今年の盆は仕事の都合で帰省できず、初めて実家の外で盆を過ごした。
十七日の夜、九時過ぎに母から電話があった。母の声は、少しだけ硬かった。
「あんた、今年、お膳出した?」
「出すわけないでしょう、うちはアパートだよ。それに、あれはうちの——実家の話でしょう」
電話の向こうで、母が黙った。長い沈黙のあと、母は言いにくそうに言った。
「今朝ね、お膳、ひとつ残ってたの。二つ出して、ひとつしか食べてなかった。おばあちゃんの代から、残ったことなんて一度もないのに」
「……食べ損ねただけじゃないの」
「あのね。残ってたのは、去年増えたほうの分。もとから来てる方は、ちゃんと食べてった。だからね」
母は、そこで一度、言葉を切った。
「増えたほうの一人は、今年、うちには来なかったってこと。……あんた、今、家にいる? 玄関、鍵かけてる?」
かけてるよ、と答えながら、私は自分の部屋の玄関を見た。ワンルームの、短い廊下の先の、薄いドア。その郵便受けの蓋が、風もないのに、かた、と鳴った。
電話口で母が何か言っていたが、よく覚えていない。私はただ、ドアの前の床を見ていた。
敷きっぱなしの玄関マットが、めくれていた。誰かが探し物でもしたように。
今、うちの台所には、ごはんと味噌汁と、きゅうりの浅漬けが置いてある。妻には「田舎のおまじない」とだけ説明した。嘘ではないと思う。
祖母の言葉を、いまさら思い出す。出しておけば、食べて、次の年まで来ないから。
明日の朝、膳が食べられていますように。生まれて初めて、私はそう祈っている。食べられていなかったら──あれは、まだこの部屋のどこかで、探しているということだから。