三分怪談

3分で読めるホラー掌編

中編 第四話 — 読了目安 約10分

集金

祖父母の家は、山あいの集落の一番奥にあった。

夏休みには毎年ひと月ほど預けられた。虫捕りと川遊びの、絵に描いたような田舎の夏だ。ただ、八月の決まった晩だけ、様子が違った。

その晩は、夕方から祖母が家じゅうの戸締まりをした。雨戸まで全部閉める。真夏なのに、だ。祖父は仏間で、十円玉と一円玉を数えて、半紙に包んでいた。こより で十字に縛った、小さな包み。それをふたつ作って、縁側の外の沓脱ぎ石の上に置き、その晩だけは縁側の雨戸を一枚だけ、こぶし一つぶん開けておくのだった。

「じいちゃん、あれなに」

「集金さんが来なさる」

「なんの集金?」

「さあなあ。じいちゃんの、じいちゃんの頃から払っとるでなあ。なんの代金かは、もう誰も知らん」

夜、私は祖父母の間に寝かされた。九時を過ぎた頃、外を歩く音がした。集落の下のほうから、ゆっくり、家々を回ってくる。砂利を踏む足音と、ちりん、ちりん、という鈴の音。そして、遠くの家の戸を叩く音。とん、とん。

やがて、うちの番が来た。

縁側の雨戸が、とん、とん、と鳴った。それから、隙間から手が入ってくる気配があった。半紙の包みを取る、かさりという音。ちりん。そして足音は、山のほうへ遠ざかっていった。

「じいちゃん、今の、人?」

「寝とれ」

祖父の声は、いつになく硬かった。

翌朝、沓脱ぎ石の上の包みはなくなっていた。代わりに、小石がふたつ、行儀よく並べて置いてあった。祖母はそれを「領収書」と呼んで、庭の隅の祠に納めた。祠の中には、同じような小石が、何百個も積まれていた。

一度だけ、事件があった。私が中学二年の夏だ。

その年、隣家の跡取り息子が都会から帰ってきていた。合理的な人で、集落の寄り合いで「あんな迷信はやめましょう」と言った、と祖父が渋い顔で話していたのを覚えている。「戸なんか閉めんでいい。集金なんか置かんでいい。誰が来とるのか、わしが今夜、見届けてやる」と。

その晩も、鈴は来た。ちりん、ちりん、と家々を回り、うちの包みを取っていき──隣家の前で、止まった。

隣は雨戸を開け放し、包みも出していなかった。

とん、とん、と戸を叩く音がした。返事はない。とん、とん。とん、とん。叩く音は、だんだん強く、速くなっていった。祖父が布団の中で、私の頭を抱え込むようにして、耳元で言った。

「聞くな。数えるな」

それでも音は聞こえた。叩く音は明け方まで続いた。最後のほうは、戸ではなく、もっと重くて柔らかいものを叩いているような音だった。

翌朝、隣家の雨戸は全部閉まっていた。開け放していたはずなのに、だ。跡取り息子は、その日のうちに都会へ帰ったきり、二度と集落に戻らなかった。今も生きてはいるらしい。ただ、盆にも正月にも、親の葬式にすら帰ってこなかった。「帰れない体になった」と祖母は言った。それ以上は教えてくれなかった。

そして翌年から、うちの沓脱ぎ石に置く包みは、みっつになった。

「じいちゃん、なんで増えたの」

「隣の分も、うちで立て替えとる。誰かが払わんと、この谷はいかんのだ」

祖父母はもう亡くなり、家は空き家になった。集落に残っているのは数軒だけだ。

去年の八月、私は様子を見に行きがてら、あの晩に合わせて泊まった。半紙も小銭も、作法どおりに用意した。父から引き継いだ「うちの決まり」のノートを見ながら、包みを、よっつ作った。空き家が増えたぶん、立て替える家が増えているのだ。

夜、鈴の音は、ちゃんと来た。

包みを取っていく気配を、布団の中で聞いた。足音が遠ざかる。ほっとした、そのときだった。足音が、ふいに止まって、引き返してきた。

とん、とん、と縁側が鳴った。それから、しわがれた小さな声がした。生まれて初めて、「集金さん」の声を聞いた。

「たてかえは、こんかぎり。よねん さき、あきや が ろっけん に なる。はらいて が おらん」

「……どうすれば」

「もどって こい。だれか もどって こい。ひとり おれば、たにの ぶんは まかなえる」

足音と鈴は、山へ帰っていった。

翌朝、沓脱ぎ石の上には、小石がよっつ。それから、見たことのないものが置いてあった。真新しい半紙の包みだ。開けると、古い鍵がひとつ入っていた。祖父母の家の、縁側の雨戸の鍵だった。私が持っている鍵と、同じもの。

つまり、あちらからの「前払い」らしい。私は今、移住の手続きを進めている。妻には、空気のいいところで子育てがしたくなった、と説明してある。四年後の八月が来る前に、あの縁側の内側に、いなければならない。

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