三分怪談

3分で読めるホラー掌編

中編 第七話 — 読了目安 約10分

配信アーカイブ

登録者三百人の底辺配信者だった頃の話だ。

再生数ほしさに、廃トンネルの深夜凸配信をやった。地元では有名な心霊スポットだ。機材はスマホとライト、視聴者は二十人ちょっと。今思えば、あの二十人が全員、最後まで見ていてくれたことが、私の命綱だった。

トンネルは半分ほど土砂で塞がっていて、奥までは行けない。入って五分もすると、コメント欄がざわつき始めた。

《なんか音しない?》

《足音っぽいのまじってる》

私には何も聞こえなかった。イヤホンをしていなかったからだ。配信の音声には、スマホのマイクが拾った音が乗る。つまり視聴者のほうが、現場の私より「よく聞こえて」いた。

《ライト右に振って》

《今の白いのなに?》

《配信者さん、後ろ》

後ろ、のコメントで振り返ったが、何もなかった。笑ってみせて、私は奥へ進んだ。数字が伸びていたのだ。同時視聴者が、いつの間にか二百人を超えていた。登録三百人の底辺配信者に、そんな数字は麻薬だった。

異変がはっきりしたのは、土砂の壁の手前だった。

コメント欄が、一斉に静かになった。流れる文字が止まり、しばらくして、ぽつり、ぽつりと同じ言葉が並び始めた。

《かえれ》

《かえれ》

《かえれ》

最初は荒らしだと思った。だが、よく見ると全部違うアカウントだった。そして、どのアカウントも、名前が空白だった。アイコンも初期設定のまま。そんなアカウントが、十、二十、と増えていく。

常連のコメントが割り込んだ。

《これ荒らし? 空白の人たち何?》

《おい、視聴者数見ろ》

同時視聴、八百十四人。田舎の廃トンネルの底辺配信に、あり得ない数字だった。そして画面の隅の視聴者数は、私が見ている前で、八百十五、八百十六、と一人ずつ増えていった。まるで、どこかから順番に「入場」してくるように。

《かえれ》《かえれ》《はやく》《でて》

空白アカウントのコメントに、「早く」「出て」が混ざり始めたとき、ようやく私は悟った。これは荒らしじゃない。警告だ。

私は踵を返して、入口へ走った。そのときスマホの画面に、インカメラへの切り替え通知が出た。押していない。勝手に、カメラが切り替わったのだ。

画面いっぱいに、走る私の顔が映った。その肩越し、トンネルの暗がりに、白いものがいくつも見えた。等間隔に、ずらりと。あとでアーカイブを確認したら、それは「並んで立っている人の顔」だった。全部で八百人ぶんくらいは、いたと思う。皆、こちらを見ていた。皆、口だけを動かしていた。アーカイブの音声を最大にすると、その口が何と言っているか、読み取れた。

「か、え、れ」

コメントと、同じだった。

トンネルを出た瞬間、視聴者数は二十三人に戻った。空白のアカウントのコメントは、すべて消えていた。ログにも残っていない。ただ、常連たちのスクショには、しっかり写っていた。

ここまでなら、バズった怖い話で済む。実際、アーカイブは五十万再生を超えて、私は少しだけ有名になった。

問題は、そのあとだ。

あの夜から、私の配信には、毎回ひとりだけ、名前が空白の視聴者が入ってくる。ゲーム配信でも、雑談でも、必ずひとり。コメントはしない。ただ、ずっといる。配信を切る直前まで。

先週、うっかり配信の切り忘れをやった。翌朝気づいてアーカイブを見ると、無人の部屋が六時間映っていた。視聴者数は、ずっと「1」だった。

そして五時間五十分ごろ、無人のはずの私の部屋で、椅子が、きい、と鳴った。マイクが、小さな声を拾っていた。女とも男ともつかない、平坦な声だった。

「こんかいは、かえれて、よかったな」

私はもう心霊スポットには行かない。ただ、毎回配信の最後に「ご視聴ありがとうございました」と頭を下げるとき、誰に言っているのか、自分でも分からなくなってきている。

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