三分怪談

3分で読めるホラー掌編

中編 第八話 — 読了目安 約10分

点呼

吹奏楽部の夏合宿は、毎年、山の中の古い民宿だった。

私が二年生の年、部員は三十一人だった。この数字は、はっきり覚えている。何度も、何度も数えたからだ。

初日の夜、恒例の肝試しのあとで、顧問の先生が点呼を取った。廊下に整列して、番号、と。一、二、三、と声が通っていって、最後が「三十二」で終わった。

「一人多いな。ふざけた奴がいるだろう」

先生は笑って、もう一度。今度は三十一で終わった。誰かが二回言ったのだろう、ということになった。

二日目の夜も、点呼は三十二で終わった。

三度数え直して、三十二、三十一、三十二。先生の顔から笑いが消えた。並んでいる列を、先生が頭数で直接数える。三十一人。いる人間を数えると三十一人なのに、声を出させると三十二になる。

「……今夜はもう寝ろ」

私たちはざわつきながら部屋に戻った。怖いというより、まだ面白がっていた。誰の仕業だ、と犯人探しで盛り上がる者もいた。

三日目、部長の発案で、罠を仕掛けることになった。点呼のとき、各自が自分の番号を言うと同時に手を挙げる。声だけの「三十二人目」をあぶり出そうというわけだ。

夜、廊下に整列した。一、二、三……声と手が、順番に上がっていく。私は十四番だった。自分の番を終えて、それとなく列の後ろを見ていた。

三十、三十一、と最後尾の一年生が手を挙げた。一拍おいて、廊下の突き当たり、非常口の緑のランプの下の暗がりから、声がした。

「さんじゅうに」

そこには、誰もいなかった。ただ、声と一緒に、暗がりの中で、白い手のようなものが、すっと挙がって、下りた。

悲鳴で合宿は騒然となり、その夜は全員が大広間で雑魚寝した。先生は宿の主人と何やら長いこと話し込んでいた。翌朝、予定を一日残して、合宿は打ち切りになった。

帰りのバスで、先生は運転席の後ろに座って、ずっと黙っていた。学校に着いて、解散の前に、先生は一度だけ、妙な指示を出した。

「今から名前を呼ぶ。呼ばれた者から帰れ。──呼ばれてない者は、残れ」

三十一人の名前が呼ばれ、三十一人が帰った。校門を出るとき振り返ると、夕暮れの昇降口の前で、先生がひとり、誰もいない空間に向かって、何か話しかけているのが見えた。頭を下げているようにも見えた。

先生はその年度で転任した。以来、この話は部のOBの間だけで、こっそり語り継がれている。

ここまでが、私が高校生のときの話。ここからは、去年の話だ。

コロナも明けて、当時のメンバーで同窓会をやった。二十年ぶりに十五人が集まった。あの合宿の話でひとしきり盛り上がったあと、幹事が言った。

「せっかくだし、記念写真撮ろうぜ」

店員さんにスマホを渡して、全員で並んだ。撮ってもらった写真を、その場でグループに共有して、みんなで見た。

十五人で写っているはずの写真に、写っていたのは十五人だった。何もおかしくない。誰かがそう言いかけたとき、当時の部長が、震える指で画面の隅を指した。

写真の端、居酒屋の壁の鏡。そこに映り込んだ私たちの後ろ姿は──十六人分あった。

一番端の一人は、制服だった。二十年前の、うちの学校の夏服。顔は、鏡の縁で切れていて見えない。ただ、挙手でもするように、右手だけを高く挙げていた。

グループの誰かが、ぽつりと書き込んだ。

《あいつ、まだ数えてもらいたいんだな》

次の同窓会から、幹事は出欠確認の最後に、必ず一行足すようになった。私たちは全員、それに「参加」の返事がつかないことを、毎回、心の底から祈っている。

《三十二番目のきみへ。もう、いいよ。ゆっくりおやすみ。》──既読だけが、毎回、人数より一つ多く付く。

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