忌堂
母方の祖母が死んで、俺は生まれて初めて母の郷里を訪ねた。
中国地方の、山にへばりつくような小さな集落だった。母はこの土地を嫌い、二十歳で家を出て二度と帰らなかった。理由は聞かされていなかった。ただ母は死ぬ間際、うわ言のように「あの堂には近づくな」と繰り返した。それが遺言のようになった。
葬式の席で、遠縁だという老人たちが俺を遠巻きに見ていた。同情でも好奇でもない、値踏みするような目だった。喪主を務める本家の当主が、火葬のあとで俺を奥の間に呼んだ。
「あんたの母親は、うちの分家の筋でな。……知らされとらんのか。うちの村がなんで喰うていけとるか」
俺が黙っていると、当主は湯呑みを置いて低い声で続けた。
「この村はな、貧しい。田も痩せとる。それでも、飢饉の年も、戦の年も、一人も欠かさず生き延びてきた。よその村がばたばた死んでいく中でな。理由がある。村の外れに、堂がある。『忌堂』というてな。あそこに、村の難儀をぜんぶ、肩代わりしてもらうんじゃ」
「……何に、肩代わりを」
当主は答えなかった。代わりに、古い過去帳のようなものを畳に広げた。そこには、集落の家々の名と、代々の「奉公人」の名が、朱で書き連ねてあった。奉公人の欄は、どれも幼い子の名だった。数え七つ、五つ、三つ。享年が、書いていなかった。
好奇心が、母の遺言に勝った。今思えば、それが間違いだった。
翌朝、俺は集落の外れの杉林へ入った。堂はすぐに見つかった。人の背丈ほどの、黒ずんだ木の祠だ。ただ、普通の祠と違うところがあった。扉が二重になっている。外の格子戸の内側に、板戸がもう一枚。そして板戸には外から、太い鎹が何本も打ちつけてあった。中のものを閉じ込めるように。
祠の前には、真新しい供物があった。握り飯と、白い布に包まれた何かと、小さな草履が一足。子どもの草履だった。まだ真新しい鼻緒に、誰も履いていないのに、泥がついていた。
格子戸の隙間から、中を覗こうとした。暗くて、何も見えなかった。ただ、板戸のこちら側に、無数の引っ掻き傷があった。木が白くささくれるほど、内側から、必死に掻いた跡だった。爪の高さは、子どもの背丈のあたりに集中していた。
覗き込んだ俺の耳に、板戸の向こうから声が届いた。
「……あそぼ」
幼い、性別も分からない声だった。俺は後ずさった。声は鎹の隙間から、糸のように漏れ続けた。
「ねえ、あそぼ。ここ、あけて。くらいよ。さむいよ。ずっと、ひとりなの。……おにいちゃんも、うちのこ?」
俺は逃げ帰った。当主にそのことを話すと、彼は初めてはっきりと怯えた顔をした。
「話しかけられたか。……名を、名乗ったか」
「いえ」
「なら、まだええ。ええか、二度と行くな。あれはな、代替わりの近い年は、外に出たがる。次の『奉公人』を、自分で選びたがるんじゃ」
当主は、その晩、忌堂の由来を教えてくれた。聞かなければよかったと、今でも思う。
数百年前、この土地に飢饉が続いた。村は隣村と、水と土地を争った。もう共倒れ、というとき、旅の行者が村に一つの「作法」を授けた。村の難儀を一身に背負う「器」を作る作法だ。
器には、幼い子を用いる。生贄ではない、と当主は妙に強調した。殺すのではない。堂に納め、外から鎹を打ち、飲まず食わずのまま、「村のために苦しんでくれ」と願い続ける。子が、恨みも呼ばず、ただ苦しみながら村を思って果てれば——その苦しみが、村の難儀を肩代わりする「力」に変わる。呪いではなく、いわば、村ぐるみの人身御供の、もっとも陰湿な形だった。
器の子が果てると、堂の中には「それ」が残る。子の姿をした、村の守り神とも祟り神ともつかぬもの。それが数十年、村を守る。そして力が尽きる頃、次の器を求めて、声を出す。
「次の奉公人は、器に選ばせるのが習わしでな。器が『うちのこ』と呼んだ子が、次に納められる。血の濃い、分家の子が選ばれやすい。……あんたの母親は、選ばれかけたんじゃ。数え五つの年に。それで、あんたの祖母は——母親を連れて、夜逃げした。村を、裏切ってな」
だから母は、村を憎み、二度と帰らなかった。だから死に際に「近づくな」と。すべて、繋がった。
「逃げた家の血筋はな、器に『貸し』があると見なされる。器は、いつまでも覚えとる。あんたが今日、堂の前に立った。覗いた。……あれは、あんたを見たぞ」
俺はその夜のうちに村を発つつもりだった。だが、当主は青い顔で首を振った。
「もう遅い。今夜は動くな。動けば、追ってくる。夜が明けるまで、この家の仏間で、灯を絶やさずにおれ。何が戸を叩いても、開けるな。子どもの声で、母親の声で、いろんな声で呼ぶ。ぜんぶ、あれじゃ」
仏間の夜は、長かった。
最初の音は、真夜中だった。とん、とん、と、縁側の雨戸が鳴った。低い、子どもの背丈のあたりから。
「おにいちゃん。あそぼ」
昼間の、あの声だった。俺は灯明の芯を掻き立て、息を殺した。声は雨戸の外を、ゆっくりと移動した。とん、とん。家の周りを探るように一周する。
「ねえ、さむいよ。いっしょに、はいろ。おにいちゃんの、うちに」
声は、だんだん巧くなった。俺の記憶をなぞるように。死んだ母の声で「開けて」と言い、幼い頃の俺自身の声で「こわいよ」と泣いた。当主の言葉どおりだった。俺は経机にしがみつき、朝を待った。
明け方近く、声が、ふいに変わった。すぐ耳元で、大人びた、諦めたような声がした。
「……あけてくれんのか。みんな、そう。にげた家の子は、みんな、あけてくれん。ぼくは、ずっと、まっとるのに。村のために、こんなに、がんばっとるのに」
それきり、声は止んだ。一番鶏が鳴いた。俺は膝の力が抜けて、経机に突っ伏した。
朝、当主が仏間に来て、俺の無事を見て、深く息をついた。そして、縁側の外を指して静かに言った。沓脱ぎ石の上に、子どもの草履が一足だけ、揃えて置いてあった。忌堂の前にあった、あの泥のついた草履だった。堂から、ここまで歩いてきたのだ。
俺は逃げるように東京へ帰った。そして、この一件を時間が忘れさせてくれるのを待った。実際、日々の暮らしの中で村のことは薄れていった。三年が過ぎた。
去年、俺に子が生まれた。女の子だ。妻に似た、丸い頬の、よく笑う子だった。幸せだった。忌堂のことなど、もう遠い悪夢だった。
娘が、数え三つになった今年の春。娘が、誰もいない部屋に向かって、話しかけるようになった。
「うん。うん。……いいよ」
と、娘は笑って頷いていた。誰と話しているのかと聞くと、娘は窓の外を指して、こともなげに言った。
「おそろいの、ぞうりの子。ぼくのうちに、あそびにおいでって」
俺は村の当主に電話をかけた。震える声で、器はどうなったか、と聞いた。当主は長い沈黙のあとで、申し訳なさそうに言った。
「去年な、代替わりがあった。新しい器が、要る年での。……村の子は、みんな逃がした。もう、この村に、納められる子はおらん。器は、村の外に、貸しのある家を探しとる。血の濃い、逃げた家の——」
電話の向こうで、当主は言葉を選ぶように、しかしはっきりと、こう言った。
「すまん。ほんまに、すまん。……あんたの娘さんの草履、片方、うちの堂の前に、いつの間にか置いてあった。もう片方は、そっちにあるはずじゃ。玄関を、見てみい。──器はな、両方の草履が揃うたとき、迎えに来る」