こっくりさんの続き
高校二年の放課後、四人で、こっくりさんをした。
わたしと、親友のアヤ、それに男子が二人。ミナベくんと、タカオくん。誰も、本気で信じてはいなかった。ただの、暇つぶしのお遊び。机に、五十音と鳥居の絵を描いた紙を広げ、十円玉に、四人で、指を乗せた。
「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」。ふざけ半分で唱えると、十円玉が、すうっと動いた。誰かが動かしているのだと、みんな思った。質問をいくつかした。十円玉は、それらしい答えを、返した。盛り上がって、笑って、そろそろ帰ろう、という話になった。
ここで、ちゃんと、帰さなければならなかった。「こっくりさん、お帰りください」と唱え、十円玉が鳥居に戻るのを見届けて、それから、指を離す。これが、決まりだ。でも、そのとき、チャイムが鳴った。校門が閉まる時間だ。タカオくんが、「やば、急ごう」と言って、十円玉が鳥居に戻りきる前に、指を、離してしまった。
途中で、指を離した。こっくりさんを、帰さないまま。それが、すべての始まりだった。
その紙と十円玉を、片付けたのは、アヤだった。「あたしが捨てとくよ」と言って、紙をぐしゃぐしゃに丸め、十円玉を、財布にしまった。何気ない仕草だった。でも、あとから思えば、あのとき、それは、アヤに、乗り移ったのだ。
次の日から、アヤが、おかしくなった。
いつも明るいアヤが、無口になった。授業中、じっと、一点を見つめて、口の中で、何か、ぶつぶつと唱えている。近づくと、「かえして」「まだ、かえるとちゅうだった」と、聞こえた。目は、うつろで、わたしを見ても、誰なのか、分かっていないようだった。
三日目、アヤは、学校を休んだ。心配して、家に行った。アヤのお母さんが、青い顔で、出てきた。「あの子、部屋から出てこないの。ずっと、壁に向かって、しゃべってて……」。わたしは、部屋に上がった。アヤは、ベッドの上で、膝を抱えて、壁を見ていた。わたしが声をかけると、ゆっくり、振り向いた。そして、アヤじゃない、低い、平坦な声で、言った。
「とちゅうで、はなした、ろくでなしは、どいつだ。おれは、まだ、かえるとちゅうだった。とりいまで、あと、すこしだった。おまえら、よくも」
わたしは、震え上がって、逃げ帰った。その夜、アヤが、わたしに、しがみついてきた瞬間のことを、あとで、後悔することになる。逃げ際、パニックになったアヤが、わたしの腕を、ぎゅっと、掴んだのだ。振り払って、逃げた。あのとき、腕に触れられた。それで、十分だった。
翌朝、アヤは、けろりと、元に戻っていた。学校に来て、いつも通り、笑っていた。「あたし、この三日間のこと、なんにも覚えてないんだよね。熱でも、あったのかな」と、不思議そうに、言った。憑いていたものが、抜けたのだ。よかった。そう、思った。
でも、抜けたものは、消えたわけじゃなかった。移ったのだ。あの夜、アヤが、掴んだ、わたしの腕へ。
その日から、今度は、わたしが、おかしくなった。授業中、気づくと、口が、勝手に、「かえして」「とちゅうだった」と、動いている。夜、鏡を見ると、自分の目が、うつろで、知らない誰かの目に、見える。頭の奥で、低い声が、ずっと、響いている。「とりいまで、かえせ。とちゅうで、はなすな」。
わたしは、悟った。こっくりさんは、帰る途中で、放り出された。だから、鳥居に、帰ろうとしている。でも、一人では、帰れない。だから、指を乗せていた四人の間を、順ぐりに、移りながら、誰かに、自分を、鳥居まで、連れて帰らせようとしている。憑かれた者が、次の誰かに、触れると、そちらへ移る。まるで、鬼ごっこの、タッチみたいに。
わたしは、必死で、調べた。母方の祖母が、その手のことに、詳しかった。震えながら、電話で、すべてを話した。祖母は、長いこと黙って聞いてから、静かに言った。
「……それはな、帰りたがっとるだけや。恨みじゃない。ただ、帰る途中で、放り出されて、道に、迷っとる。かわいそうな、もんや。──憑かれた者の間を、移り続けるのはな、四人のうちの、誰かが、あれを、ちゃんと、鳥居まで、帰してやるまで、終わらん。もう一度、四人で、こっくりさんをやり直して、今度は、最後まで、きちんと、帰す。それしか、ない」
わたしは、アヤと、ミナベくんと、タカオくんに、連絡した。事情を話すと、三人とも、青ざめた。実は、みんな、それぞれ、あの日以来、「順番が回ってくる」たびに、数日ずつ、記憶をなくしていた、というのだ。誰も、口に出せずにいただけで。わたしたちは、覚悟を決めて、あの日と同じ、放課後の教室に、集まった。
紙を、描き直した。五十音と、鳥居。十円玉を、真ん中に置く。今、憑いているのは、わたしだ。わたしの頭の中の声が、ざわざわと、騒いでいる。四人で、十円玉に、指を乗せた。わたしは、祈るように、唱えた。「こっくりさん、こっくりさん。今度は、ちゃんと、お帰りいただきます。どうか、鳥居まで、お戻りください」
十円玉が、動き出した。今度は、迷いなく、まっすぐ、鳥居へ向かって、滑っていく。わたしの頭の中の声が、少しずつ、遠ざかっていくのを感じた。帰っていく。ようやく、あれが、帰っていく。十円玉が、鳥居の絵に、たどり着いた。あと、少し。指を、離すのは、十円玉が、完全に、鳥居に、収まってから。今度こそ、間違えない。
そのときだった。教室の、後ろの扉が、がらり、と開いた。見回りの、先生だった。「こら、もう下校時間だぞ、何してる」。その、大きな声に、驚いて、タカオくんが、また、びくりと、指を、離してしまった。十円玉が、鳥居の、一歩、手前で、止まった。
また、だ。また、途中で、放り出した。教室の空気が、ずしりと、重くなった。四人とも、凍りついた。十円玉の上に残った、三人の指。そして、わたしの、離れた指。──今度、憑くのは、誰なのか。わたしは、恐る恐る、周りを見た。アヤも、ミナベくんも、タカオくんも、無事だ。誰も、あの、うつろな目を、していない。じゃあ、と、思って、わたしは、教室の後ろを、振り返った。
扉のところに、立っていた、あの先生が。うつろな目で、口を、動かしていた。「かえして……とちゅうだった……」と。先生は、こっくりさんのことも、わたしたちの事情も、何も知らない。ただ、いちばん近くにいて、この部屋に、足を踏み入れた、だけだった。それで、移ったのだ。四人の輪の、外へ。──先生は、ふらふらと、廊下へ出て、行ってしまった。わたしたちは、追えなかった。もう、わたしたちの手には、負えない。あれは、これから、あの先生を通じて、この学校じゅうの、何百人もの生徒や教師の間を、移り続ける。誰かが、鳥居まで、帰してやるまで。でも、もう、誰も、途中で放り出されたことにすら、気づかない。──あなたも、気をつけて。心当たりのない「かえして」という言葉が、ふと、口をついて出たら。それは、あなたの番が、回ってきた合図だ。次に触れた相手に、移す前に、どうか、鳥居まで、帰してあげて。途中で、放さないで。