写らない子
妻の実家に、集合写真を撮る風習があった。
正月に親戚一同が集まると、必ず庭で全員の記念写真を撮る。三脚を立て、セルフタイマーで。何十年も続いているという。妻の実家の床の間には、その集合写真が年代順にずらりと額に入れて飾られていた。
結婚して初めての正月。僕もその集合写真に加わった。撮影のあと、義父が飾ってある過去の写真を僕に見せてくれた。「これが、妻が生まれた年。これが、七五三」。楽しげに。
だが僕は、古い写真のあるものに気づいて、妙な心持ちになった。
どの年の集合写真にも、いちばん後ろの隅に一人だけ、他の親戚と様子の違う女の子が写っていたのだ。おかっぱ頭の着物姿の、表情のない子。そして、その子だけが何十年、写真が新しくなってもまったく歳を取っていなかった。
僕は義父に、その子は誰か聞いた。義父は写真を覗き込み、少し黙ってから答えた。
「……ああ。この子な。うちの、親戚じゃ、ないんだ。いつからか、集合写真を撮ると、必ず、隅に、写るように、なってな。誰も、知らん子だ。撮影のときには、いない。フィルムに、現像すると、写っている。デジタルに、なった今でも、同じだ。撮った直後の、画面には、いない。プリントすると、写る」
ぞっとした。義父は続けた。
「気味が悪いから、写真から、その子だけ、切り取ろうと、した年も、あった。だが、切り取った、その次の年。切り取った親戚の、末の娘が、写真から、消えた。撮影には、ちゃんと、いたのに。現像したら、その子だけ、写っていなかった。──慌てて、切り取った写真を、テープで、つなぎ直したら。翌年、娘は、また、写真に、写るように、なった。ただし、その、写らない子の、隣に、手を、繋がれて」
僕は床の間の、いちばん新しい写真——さっき撮ったばかりの今年の一枚は、まだ現像していない、それより前の年の写真を見た。写らない子は相変わらず隅にいた。そして、その子の隣。義父の言った「一度、消えた娘」——今は成人した妻の従妹が、その子と手を繋いで立っていた。従妹だけなぜか、少し顔色が悪く写っていた。
僕はその従妹に後日、会う機会があった。何気なく写真の話をしてみた。彼女はみるみる青ざめて、小さな声で言った。
「……あの子はね。毎年、正月が、近づくと、夢に、出てくるの。私の、手を、引いて、『こっちに、おいで』って。私は、子どもの頃、一度、写真から、消えた。あのとき、私は、あの子に、手を、引かれて、写真の、『向こう側』に、連れて行かれて、いたの。テープで、つなぎ直して、もらえたから、戻れた。でも、あの子は、それから、ずっと、私の、手を、離さない。毎年、少しずつ、私を、向こうに、引っ張ってる」
従妹は自分の手首を見せた。そこには小さな、子どもの手の形の青あざが、くっきりと残っていた。
「毎年、写真を撮るたび。あの子は、私を、ほんの少し、向こうに、引く。写真の中の、私は、毎年、ほんの少しずつ、後ろに、下がってる。あの子の、いる、隅のほうへ。……あと、何回、正月が来たら。私は、完全に、写らなく、なるんだと、思う」
その年の集合写真が現像されて届いた。義母が額に入れて床の間に飾った。僕はそれを見に行った。
写らない子はいた。隅に。相変わらず歳を取らずに。そして、その隣に従妹が。今年は去年より、また少し後ろに下がって、半分、他の親戚の陰に隠れるようにして写っていた。手はしっかりと、あの子と繋がれたまま。
そして僕は気づいてしまった。自分自身の姿を。結婚して初めて加わった僕。僕は前列の真ん中に写っていた。だが僕のすぐ後ろ、僕の肩に小さな手が一つ、置かれていた。写らない子の手とは違う、もう一つの知らない手が。
義父に聞いた。「この、僕の肩の、手は」。義父は写真を見て、長いこと黙った。そして、ぽつりと言った。「……新しく、家族に、加わった者には。毎年、一人ずつ。『迎え』が、付くんだ。写らない子と、同じ。歳を、取らない、知らない、誰かが。その者を、少しずつ、向こうに、引くために。──ようこそ、うちの、家族に。来年の、写真が、楽しみだな。君が、どれだけ、後ろに、下がるか」。僕は今、正月が近づくのがたまらなく怖い。夢にまだ誰も出てこないうちに、この家の集合写真から抜ける方法を探している。