間引き堂
妻の里は、東北の、雪深い山村だった。
結婚の挨拶に行ったとき、義父から、一つだけ、奇妙な念押しをされた。
「もし、双子が生まれたら、必ず、うちに知らせなさい。医者より先に、うちにだ。ええな、これだけは」
理由を聞いても、義父は「うちの習わしだ」としか言わなかった。妻も困ったように笑うだけだった。双子など、そうそう生まれるものでもない。俺は深く考えず、承知した、と答えた。
三年後、妻が身ごもった。そして、健診で告げられた。双子だ、と。
その晩、妻はひどく取り乱した。俺が理由を聞いても、ただ泣くばかりだった。翌朝、妻はやつれた顔で、義父の「習わし」の中身を初めて話した。聞いて、俺は言葉を失った。
「うちの村では……双子は、片方しか、育てちゃいけないの。もう片方は、『間引き堂』に、納めるの。昔から、ずっと」
妻の村には、恐ろしい因習があった。
双子は「一つの魂が二つに割れて生まれた、不吉なもの」とされた。二人とも育てると、村に災いが来る。だから片方を「間引き」、村外れの「間引き堂」に納める。納められた子は、村の「守り」になる——という、口減らしを信仰で塗り固めたような、陰惨な習わしだった。
今どき、そんなことが許されるはずがない。俺はそう言った。妻は首を振った。
「間引くって言っても、今は……殺すわけじゃないの。堂に、一晩、納めるだけ。朝には、返してくれる。ただ」
「ただ、何だ」
「堂から返ってきた子は……もう、片方の子と、『入れ替わってる』の。堂は、双子のうち、村にとって都合のいいほうを選んで、残すの。返ってきたのは、姿は同じでも、中身が、堂の選んだほうなの。育てるのは、その子。もう片方は、堂が、連れていったまま」
意味が分からなかった。姿が同じなら、どちらでも同じではないか。俺がそう言うと、妻は青ざめて、こう言った。
「違うの。堂が選ぶのは、『子ども』のほうとは限らないの。……堂には、昔、納められて、返れなかった子たちが、いっぱいいる。何百年ぶんも。その子たちの、誰かが、『混じって』返ってくることが、あるの。姿は、うちの子。でも中身は、何百年も堂にいた、知らない子。それが、『当たり』の年は……」
俺は断固として拒否した。二人とも育てる、と。妻の里になど、知らせない、と。
だが、双子が生まれた日、病院に義父が来た。誰が知らせたのか、知らせていないのに。義父は、生まれたばかりの双子を見て、静かに言った。
「知らせなくても、村には分かるんだ。双子が生まれると、間引き堂の扉が独りでに開く。開いたら、納めるまで閉じない。閉じないうちは……堂の中のものが外に出て、子を探しに来る。今夜にでもな。納めれば、朝には片方が返る。納めなければ、両方連れていかれる。どっちがいい」
脅しだと思った。俺は義父を追い返した。その夜、俺たちは双子を連れて病院から自宅へ帰った。戸締まりを厳重にして、二人の赤ん坊を寝室の真ん中に寝かせた。
真夜中、寝室の窓の外で、音がした。とん、とん、と、窓ガラスを、爪で引っ掻くような音。妻が、悲鳴を上げた。窓の外、二階のベランダに、小さな子どもが、何人も、立っていた。着物姿の、顔の白い、昔の子どもたちが。皆、こちらの双子を、じっと見ていた。そして、口々に、囁いた。
「かたっぽ、おくれ。かたっぽ、こっちにおくれ。ずっと、ふたりで、ずるいよ。ぼくらは、ひとりずつ、なのに」
俺たちは双子を抱いて、寝室の隅で震えていた。子どもたちは窓を引っ掻き続けた。ガラスに無数の小さな手形がついた。ひとつ、またひとつ。増えていく。
明け方近く、義父が来た。合鍵で、玄関から入ってきた。彼は寝室のドアを開け、窓の子どもたちを見て、それから、俺たちに静かに言った。
「もう限界だ。両方、連れていかれる。……一人渡しなさい。一人渡せば、もう一人は確実に、うちの子として残る。どっちを残すかは堂が決める。だが、少なくとも一人は残る。渡さなければ、二人とも……」
俺は拒んだ。妻は泣き崩れていた。子どもたちの囁きが大きくなった。窓ガラスにひびが入った。
そのとき、腕の中の双子の片方が目を開けた。生まれて二日目の赤ん坊が俺を見て笑った。生まれたての子がするはずのない、はっきりとした大人びた笑い方で。そして、その子は窓の外の子どもたちに向かって小さな手を振った。仲間に合図するように。
俺は悟ってしまった。もう片方は「混じって」いる。堂の子が生まれる前から、片方に入っていた。だから村は知らせなくても分かった。だから堂の扉は開いた。この子は最初から堂の子だったのだ。
——俺たちは結局、義父の言うとおりにした。
詳しいことは書けない。書きたくない。ただ、片方を義父に託した。義父はその子を抱いて、夜明けの村へ帰っていった。窓の子どもたちは、その子が運ばれていくと満足したように、一人、また一人と消えた。ガラスの手形も、朝日が差すと消えていた。
残った、片方。俺たちが育てることになった、その子は。すくすくと育った。健康で、賢く、優しい子だった。俺たちはその子を精一杯、愛した。失った片方のぶんまで。
その子が、五つになった、七五三の日。写真館で、着物を着せた。カメラマンが、シャッターを切る前に、その子が、ふいに、笑った。あの日の、生まれたての夜と、同じ笑い方で。そして、レンズに向かって、こう言った。
「おとうさん。ぼく、ずっと、いいこにしてたでしょう。だから、そろそろ、おしえてあげる。あの夜、堂に行ったのは、ぼくじゃないよ。ぼくのほうが、堂の子だったの。おとうさんたちが、育てたのは、ずっと、こっちなの」
その子は、無邪気に、続けた。
「ほんとうの、おとうさんの子は、あの夜、堂に行った。今も、堂で、待ってる。ずっと、ひとりで。かわいそうでしょう。……だからね、おとうさん。こんど、堂に、あいに行こう。むかえに行って、こんどは、そっちを育てて。ぼくは、堂に、帰るから。それで、こうたい。ずっと、そうやって、こうたいしていくの。それが、うちの、習わしなの」
俺は、その子を抱きしめた。堂の子だろうと何だろうと、五年育てた、俺の子だった。手放せるはずがなかった。──だが、その夜から、間引き堂の扉がまた独りでに開いたと、義父から電話があった。開いたら閉じない。閉じないうちは、堂の中のものが外に出て探しに来る。今度は、育てた子を「返して」、待っている本当の子と入れ替えるために。俺たちは今、二人目の「一夜」に怯えている。そして、どうしても思ってしまう。──次に返ってくるのは、どちらの子なのか。もう、見分ける方法はないのに。