霊供膳
祖母の家は、田舎の大きな旧家だった。
祖母が亡くなり、僕はその家を相続することになった。両親はすでに亡く、僕は一人っ子で、他に身寄りもない。しばらくその家で暮らしながら、片付けをすることにした。
祖母の家には、一つ奇妙な決まりがあった。祖母が生前、口を酸っぱくして僕に言い遺していたことだ。
「毎晩、仏壇に霊供膳を供えなさい。一の膳を七つ。数を間違えてはいけない。多くても少なくてもいけない。きっちり七つ。ご飯と汁と香の物を盛って。そして朝には必ず下げる。これだけは忘れちゃいけないよ」
霊供膳というのは、法事などで仏様に供える、小さな精進料理の御膳のことだ。祖母の家には、それ用の黒塗りの小さな膳が、ちょうど七つあった。僕は言われた通り、毎晩七つの膳に質素な精進料理を盛って、仏壇に供えた。面倒だったが、祖母の遺言だ。守った。
片付けを始めて、ひと月ほど経った、ある晩。僕は膳を供えながら、ふと思った。この家にはもう、僕しか住んでいない。仏壇に祀られているのは、祖父母と両親の四人だけ。なのになぜ七つ供えるのだろう。あと三つは、誰のぶんなのか。
翌朝、膳を下げに行って、僕は奇妙なことに気づいた。
七つ供えた膳。そのうちの一つだけ。ご飯が明らかに減っていた。他の六つは手つかず。だが、いちばん端の一つだけ。まるで誰かが箸ですくって食べたように。真ん中がへこんでいた。
ネズミか何かだろう、と思った。僕は古い家の隙間を点検した。だが、ネズミの通った跡も糞もなかった。
その晩も七つ供えた。翌朝。今度は二つ減っていた。端から二つ。ご飯がへこんで。汁も少し吸われて。
僕は気味が悪くなった。だが、祖母の遺言だ。やめるわけにもいかない。膳を供え続けた。そして、減る膳の数は日ごとに一つずつ増えていった。三つ。四つ。五つ。まるで、この家の見えない住人が一人ずつ目を覚まして、食事を始めたように。
僕は、近所に一軒だけ残った古い家の老婆を訪ねた。祖母と親しかった人だ。霊供膳の話をすると、老婆は湯呑みを持つ手を止めた。そして探るように僕を見て、聞いた。
「あんた……膳の数、間違えてないだろうね。七つ。きっちり七つだろうね」
「七つ供えてます。祖母の言った通り」
老婆はほっと息を吐いた。だが、その顔はまだ強張っていた。
「……いいかい。あの家はね。昔、この辺りを襲った大飢饉のときにね。行き倒れの旅人を何人も家に入れて、看取ったんだ。だが、看取りきれなくてね。……七人。七人の旅人が、あの家の奥座敷で飢えて死んだ。誰にも弔ってもらえず、名も分からず。あんたのご先祖はね、せめてもとその七人の霊を家に祀って。毎晩、霊供膳を供えて慰めてきたんだ。もう二百年も。それが、あの家の務めなんだよ」
老婆の話は、続いた。
「七つ供えるのはね。七人の飢えた旅人のぶんだ。ちゃんと七つ供えて、朝に下げる。そうすれば七人は満たされて、大人しくしてる。──でもね。もし膳を一つでも欠かしたら。あるいは、供えるのを忘れたら。飢えた霊はたちまち飢えを思い出して。膳ではなく、家の生きた者を食い始める。二百年、ずっとその繰り返しを恐れて、あの家の者は命がけで七つの膳を守ってきたんだよ」
僕は震えた。では、僕が供えている膳が日ごとに減っていくのは、七人の霊が一人ずつ食事を始めている証拠なのか。老婆は頷いた。
「それがね、おかしいんだよ。ちゃんと七つ供えているなら、七人は満たされているはず。膳が減るということは……七人の他に、もう一人いるということだ。八人目の飢えた何かが、あの家に増えているんだよ」
八人目。僕は背筋が凍った。老婆は僕の顔をじっと見て、静かに言った。
「……あんたの、お祖母さんはね。亡くなる前のひと月、ずっと寝たきりで。膳を供えることができなかった。あの、ひと月。七人は飢えて、お祖母さんを……」
老婆はそこで言葉を切った。そして目を伏せて続けた。
「お祖母さんが亡くなったのは、病気じゃないよ。あたしはそう思ってる。膳を供えられなくなって、飢えた七人に少しずつ食べられてしまったんだ。……そして今、八人目として、あの家で飢えているのは、あんたのお祖母さんなんだよ」
僕は家に帰った。そして、その晩、決意して膳を八つ供えた。七人の旅人と、八人目の祖母のために。祖母を飢えさせてはいけない。僕を食べさせてはいけない。
だが、供えながら僕は祖母の遺言を思い出していた。「膳を七つ。数を間違えてはいけない。多くても少なくてもいけない」。多くてもいけない、と祖母は言った。なぜ。
翌朝、八つの膳はすべて空になっていた。きれいに。ご飯も汁も香の物も。一粒残らず。八人が満たされるはずだった。
だが、その日から僕は猛烈な空腹に襲われるようになった。どれだけ食べても満たされない。腹の底が常に飢えている。まるで、僕自身が飢えた霊になったように。
僕は老婆の家に走った。だが、老婆は留守だった。近所の者が言うには、老婆は昨夜急に倒れて入院した、という。原因は極度の栄養失調。まるで何日も何も食べていないように、痩せ細っていた、と。
僕は悟った。祖母が「膳を多くしてはいけない」と言った理由を。八つ目の膳を供えることは、八人目の飢えた霊の存在を認めることだ。それは飢えの輪を一つ広げること。八人目を満たせば、九人目が飢える。僕が祖母のために八つ目を供えたことで、飢えの鎖は外へ伸びた。次に飢えたのは、僕に真実を教えた、あの老婆だった。
僕は膳を七つに戻した。心を鬼にして。八人目の祖母を飢えさせることになっても。それが二百年続いてきた、この家の掟だった。数を守る。ただ七つ。それ以上でも以下でもいけない。飢えは決まった数の内側に封じておかなければ、外へ溢れる。
七つに戻した翌朝。膳はまた一つだけ手つかずになっていた。端の一つ。それが祖母のぶんだったのだろう。七人が六つを食べ、祖母は七つ目からは締め出された。飢えたまま、この家の床下か天井裏で。僕はその手つかずの膳を見ながら、声を殺して泣いた。祖母を飢えさせている。だが、そうしなければ飢えは外へ広がり続ける。
老婆は退院した。僕が膳を七つに戻すと、老婆の栄養失調も嘘のように回復した、という。飢えの鎖が、僕の家の七つの膳の内側に、再び封じ込められたのだ。
僕は今も、あの家で毎晩、七つの膳を供えている。僕の猛烈な空腹は消えない。僕も飢えの輪の内側に片足を突っ込んでしまったのだ。だから、僕はこの家を離れられない。僕が膳を供えるのをやめれば、七人はまた生きた者を食い始める。──そして、僕は決めている。僕が死んだら、この家を継ぐ者はいない。だから、僕は遺言を書いた。「この家は、僕の死後、膳ごと焼き払え」と。七つの飢えを二百年閉じ込めてきた、この家を。僕の飢えた霊も、祖母の飢えた霊も、七人の旅人も、すべてまとめて炎で満たしてやる。それが、たぶん二百年ぶんの飢えを断ち切る、たった一つの方法だから。──ただ、時々思う。焼かれた飢えは、本当に消えるのだろうか。それとも、煙になって、次の誰かの家の仏壇へ、膳の匂いをたどって流れていくのだろうか。