三分怪談

3分で読めるホラー掌編

長編 第二十話 — 読了目安 約20分

呪いの実況

俺は心霊スポットに凸する系の配信者だ。

登録者は当時で三万くらい。まあそこそこ。だけど伸び悩んでてさ。同じジャンルのやつらは、みんなもっと過激なことやって数字を稼いでた。俺もそろそろ跳ねるネタが欲しかったんだよ。焦ってたって言えば焦ってた。

で、目をつけたのが県境の山ん中にある廃病院だった。地元じゃ有名ないわくつきの場所でな。昔、火事で入院患者が何人も死んだとか、夜な夜な窓に人影が立つとか、ネットにはそういう噂が腐るほど転がってた。「ここで生配信すれば絶対バズる」。俺はそう踏んだ。

相方のケンタと二人で機材を担いで、深夜、その廃病院に入った。スマホとジンバルと予備バッテリー。配信は順調に始まった。同時接続、二百、三百。「うわ、出た」「ここヤバいって」「無理しないで」。コメントがばーっと流れてテンション上がったよ。俺は調子に乗って奥へ奥へと進んでいった。

異変に気づいたのは、三階の病室が並ぶ廊下に入ったあたりだった。

コメント欄に一つ、妙なのが流れた。「かえれ」。ひらがなでそれだけ。アンチかなと思った。よくいるんだ、そういう水を差すやつ。俺はスルーした。

だけど、その「かえれ」が一つ、また一つと増えていった。「かえれ」「かえれ」「かえれ」。全部同じ。アカウント名を見たら、どれも名前がなくてアイコンが真っ白。番号だけの捨て垢みたいなやつがずらっと。

ケンタが画面を覗き込んで言った。「なあ、これ……視聴者数と白いアカウントの数、同じじゃね?」。俺はぞっとした。同時接続、四百二十。コメントを流してる白いアカウントも四百二十。まるで見てる全員が白い顔で「かえれ」って言ってるみたいだった。

俺は努めて明るく言った。「はいはい、荒らしはミュートねー」。でも内心、手が震えてた。ミュートしてもしても「かえれ」は湧いてきた。画面が「かえれ」で埋まっていった。

そのうち、コメントの内容が変わってきた。

「うしろ」「おまえのうしろ」「ケンタのうしろにもいる」。俺は思わず振り返った。誰もいない。真っ暗な廊下。だけど視聴者は口々に言うんだ。「今、白いのが横切った」「病室から出てきた」「増えてる」って。俺らには見えない。カメラ越しの視聴者にだけ見えてる。

俺は配信を切ろうとした。だけどケンタが止めた。「待てよ、今めちゃくちゃ伸びてる。同接、千超えたぞ。ここで切ったらもったいねえ」。……ああ、俺もそう思っちまったんだ。数字に目がくらんでた。バズが目の前にあった。だから続けた。それが間違いだった。

コメントがまた変わった。今度はみんなが同じ数字を書き始めた。「7」「7」「7」「あと7」。意味が分からなかった。何があと7なんだよ。俺がそう聞いたら、コメントが一斉に答えた。「おまえがここにいられる時間」「あと7分」って。

後で分かったことがある。

配信を切って、命からがら逃げ帰った後。俺はアーカイブを見返した。震える手で。……あの白いアカウント、四百二十個の名前のない垢。番号を一個ずつ調べてみたんだ。そしたら、それが番号じゃなかった。

日付だった。全部、過去の日付。いちばん古いのは五十年以上前。その廃病院がまだ病院だったころ。……火事で死んだ患者の命日。一人ひとりの亡くなった日付。それが白いアイコンになって、俺の配信を見に来てた。四百二十人。あの病院で死んだ人間の数と、たぶん同じだけ。

コメントの「かえれ」は、荒らしじゃなかった。あの人たちは俺らを心配して、警告してくれてたんだ。「早く帰れ」って。ここはお前らの来る場所じゃない、って。なのに俺はそれをミュートした。数字のために。

そして「あと7分」。あれは俺らが無事にあの病院を出るまでに残された時間だったんだと思う。実際、俺らが外に飛び出したのは、コメントが「あと7分」を出してから、ちょうど7分後だった。ぎりぎり間に合った。ケンタが転んでもたついてたら、たぶんアウトだった。

その配信は案の定バズった。切り抜きが拡散されて、登録者は一気に十万を超えた。俺は有名になった。「本物を映した男」って。皮肉なもんだよ。

だけど、その日から俺の配信には必ず、あの白いアカウントが湧くようになった。心霊スポットじゃない。普通の雑談配信でも、ゲーム配信でも。同時接続の中に必ず、番号じゃない日付の垢が混じってる。そしてぽつり、ぽつりとコメントを流す。「まだかえってない」「おまえはまだ、あそこにいる」って。

俺はケンタと相談して、配信をやめることにした。あの日を境に、ケンタも様子がおかしくなってた。夜中にうなされて、聞いたこともない病院の館内放送みたいなのを、寝言で喋るんだ。「〇〇号室の、△△様。お迎えが参りました」って。△△のところは、いつも俺の名前だった。

引退配信をやった。最後くらいちゃんと締めようと思って。コメントは温かかった。「お疲れ様」「楽しかった」。……でも、終了ボタンを押す直前。同接の数字が、ふっと増えた。421。一人増えた。俺はそのアカウントを見た。番号じゃなかった。日付だった。──今日の日付だった。そいつが最後に一言だけコメントを流して消えた。「よろしくね。これから、ずっといっしょ」。配信は切った。もう二度とやらない。だけど、スマホの通知が鳴るたび、俺は思うんだ。次に俺の命日が、あの白いアカウントのリストに加わるのは、いつなんだろうな、って。