三つ数える
祖母には、変わった「おまじない」があった。
怖いことがあったとき、嫌なものを見たとき、祖母は目をつぶって小さく「ひとうつ、ふたうつ、みいうつ」と数えた。三つ数えて目を開けると嫌なものは消えている、というのだ。子どもの頃、僕もよく真似をした。効き目があるような気がした。
ただ祖母は一つだけ、きつく言い聞かせた。
「ええか。数えるのは、三つまでや。ぜったいに、四つ、数えたらいかん。三つで、やめるんや」
なぜと聞くと、祖母は真顔になってこう言った。
「四つ、数えるとな、あっちが、こっちを、数え返してくるんや。一人、二人、って。数え終わったら、連れていかれる」
子どもだましだと思っていた。長いこと忘れていた。思い出したのは去年、祖母の葬式の晩だ。
通夜の帰り、僕は独りで田舎の暗い夜道を歩いていた。街灯もない、田んぼの中の一本道。ふと後ろに気配を感じた。誰かが僕の数歩後ろをついてくる。振り返っても誰もいない。だが歩き出すと、また後ろで足音がする。
僕は祖母のおまじないを思い出した。目をつぶり、「ひとうつ、ふたうつ、みいうつ」と数えた。目を開けた。足音は止んでいた。効いた、と思った。安堵して僕は歩き出した。
だが十歩も行かないうちに、また足音が始まった。さっきより近い。すぐ後ろ。僕はもう一度数えた。三つ。足音は、また止んだ。歩き出す。また始まる。もっと近く。
三つ数えるたびに足音は消える。だが、すぐにもっと近くで復活する。僕は家まで何度も何度も数えながら歩いた。ひとうつ、ふたうつ、みいうつ。ひとうつ、ふたうつ、みいうつ。足音は、とうとう僕の真後ろまで来た。うなじに息がかかるほど。
あと少しで家だ。僕は焦った。三つでは足りない。もう一つ数えれば、この距離をリセットできるんじゃないか。そんな考えが頭をよぎった。祖母の言葉を忘れて、僕は口走った。
「ひとうつ、ふたうつ、みいうつ、よ——」
「よ」と言いかけた瞬間、背後の気配がぴたりと止まった。足音ではない。呼吸が。そして僕のうなじのところで、しわがれた老婆の声が続きを数えた。
「……よおつ」
祖母の声だった。
それから、その声は嬉しそうに数え始めた。僕を数えるように。
「ひとりめえ」
僕は走った。振り返らずに家に飛び込み、布団をかぶった。声は朝まで家の周りを回りながら数え続けた。「ひとりめえ」とだけ。二人目はまだ数えなかった。
あれから一年。僕は二度と四つ目を数えていない。怖いことがあっても、三つで必ずやめる。だが祖母の声は忘れた頃に戻ってくる。夜道で、エレベーターで、誰もいない部屋で。僕の後ろに立って優しく、こう囁くのだ。
「なあ、はよ、四つ目、数えてしまい。そうしたら、楽になるで。おばあちゃんが、ちゃんと、数えたるからな。──ひとりめは、もう、数えたある。あと、みっつやで」