三分怪談

3分で読めるホラー掌編

中編 第十五話 — 読了目安 約10分

講中

亡くなった父が、地元の「講」に入っていた。

講というのは、昔ながらの住民の集まりだ。決まった日に当番の家に集まって、飲み食いしながら拝む。私の田舎にもいくつかあった。父が入っていたのは「二十三夜講」といった。月に一度、二十三夜の月が出る晩に集まる。

父の四十九日のあと、講の代表だという老人が家に来た。父の抜けた穴を跡継ぎである私に埋めてほしいという。田舎の付き合いだ、断りにくい。私は承知した。次の二十三夜に当番の家へ来るように言われた。

当日、私は指定された集落の外れの古い家を訪ねた。座敷には七、八人の年寄りが車座になっていた。中央に月を拝むための祭壇。そして私が座ると、代表の老人がこう説明した。

「二十三夜講はな、月を拝む講や。けど、うちの講は、ちょっと、変わっとってな。──死んだ者を、一晩だけ、呼び戻す講なんや」

月が中天に昇る、真夜中。講の面々は、輪になって、低い声で、経とも歌ともつかぬものを、唱え始めた。「講中(こうじゅう)、揃うたか。欠けは、ないか」。繰り返し、繰り返し。

すると、座敷の隅の、暗がりが、濃くなった。そこに、いつの間にか、一人、増えていた。輪の外に、こちらに背を向けて、座っている、誰か。

「あれが、先月、死んだ、山際さんや」と、代表が囁いた。「二十三夜講はな、講の者が死んだ次の月に、その者を、一晩だけ、呼び戻す。呼び戻して、講から、ちゃんと『送り出す』んや。そうせんと、死んだ者は、講に、居残ってしまう。いつまでも」

背を向けた「山際さん」は振り向かなかった。ただ輪の者たちが唱えるのに合わせて、小さく肩を揺らしていた。やがて経が終わると、その姿は暗がりに溶けるように消えた。無事に送り出された、ということらしかった。

私は父も、こうやって送り出されたのだろうか、と思った。そう聞くと代表は気まずそうに目を逸らした。

「……あんたの、お父さんは、な。先々月、送り出す、はずやった。けど、その晩、講の人数が、一人、足りんかった。急に、風邪で、休んだ者がおって。人数が欠けると、送り出しは、できん。だから、あんたのお父さんは、まだ、送り出せて、おらんのや。ずっと、この講に、居残ったまま、でな」

私はぞっとした。では父は今も、この座敷のどこかに。代表は頷いた。

「せやから、あんたに、来てもろたんや。跡継ぎが、講に加わって、人数が、揃えば。次の二十三夜に、あんたのお父さんを、送り出せる。頼む。来月も、来てくれ。あんたが、来んと、お父さんは、永久に、送り出せん」

私は承知した。父を成仏させるためなら。翌月も私は講に出た。父を送り出す晩だった。

経が始まり、座敷の隅に背を向けた影が現れた。父だった。後ろ姿だけで分かった。父の丸めた背中。私は涙が出た。輪の者たちが唱えた。「講中、揃うたか。欠けは、ないか」。今夜こそ送り出す。父を楽にしてやれる。

ところが代表がふいに経を止めた。そして座敷を見回して青ざめた。

「……一人、多い。数が、合わん」

父の影の、さらに、奥。もう一つ、背を向けた影が、座っていた。誰も、死んでいないのに。呼んでいないのに。増えた、一人。代表が、震える声で言った。

「講は、な。人数が、欠けても、いかんが……多すぎても、いかんのや。多い一人は、あの世から、勝手に、紛れ込んだもんや。送り出す者に、くっついて、こっちに、来ようとしとる。……送り出しは、中止や。今夜は、あかん。みんな、動くな。あれと、目を、合わすな」

その晩、父はまた送り出せなかった。増えた「一人」がなぜ来たのか誰も分からなかった。ただ代表が後で、ぽつりと言った。

「……あんたが、講に入って、人数が、変わったやろ。人数が、変わると、あの世の帳尻も、変わる。あんたという、新しい『枠』が、一つ、できた。その枠に、入りたがっとるもんが、おるんや。あんたの、ご先祖の、誰かかもしれん。もっと、古い、何かかもしれん」

それから毎月、私は講に出ている。父を送り出すために。だが送り出しは一度も成功していない。経を唱えるたび座敷の影は一つずつ増えていく。父の後ろに二人、三人、四人。背を向けた知らない影が。私の「枠」を目指して、あの世から列を成して並んでいる。

代表は言った。「もう、あんたは、講を、抜けられん。抜けたら、あの列が、いっぺんに、あんたの枠に、なだれ込む」と。だから私は毎月通う。父も送り出せず、影を増やしながら。──そして最近、気づいた。座敷の影のいちばん前、父のすぐ後ろに並んだ影が、少しずつこちらを振り向きかけている。父ではない、その影が。私の名を呼びたそうに。