三分怪談

3分で読めるホラー掌編

中編 第十六話 — 読了目安 約10分

宮参りの晴れ着

夫の家には、代々受け継がれてきた宮参りの晴れ着があった。

黒地に鶴と松を描いた、立派な掛け着だ。生まれた子を初めて神社にお参りさせる、宮参りのときに羽織らせる。夫も義父も、その前の代もみんなこの晴れ着で宮参りをした、という。旧家の誇りのようなものだった。

わたしが男の子を産んだとき、義母はそれはもう嬉しそうに、桐の箱からその晴れ着を出してきた。

ただ、わたしはその晴れ着を初めて見た瞬間からぞっとした。理由は分からない。ただ黒い生地の、鶴の刺繍のその目が。糸で縫われただけの目のはずなのに、こちらをじっと睨んでいるように見えたのだ。

宮参りの前夜、わたしはその晴れ着を和室に掛けて、しつけ糸を解いていた。夜も更けた頃、ふと視線を感じて顔を上げた。誰もいない。だが掛けてある晴れ着が、風もないのにゆらりと揺れた。そして、その袖のあたりから女のすすり泣くような声が聞こえた気がした。

気のせいだ、と思おうとした。だが、その晩わたしは夢を見た。

知らない女が、あの晴れ着を、赤ん坊に着せている夢だ。女は、優しい顔で、赤ん坊をあやしている。だが、その赤ん坊は、青ざめて、ぐったりとしていた。女は、ふいに、こちらを向いて、にっこりと笑い、こう言った。

「この着物はね、うちの子のために、あたしが縫ったのよ。あたしの、たった一人の、子のために。……あんたの子には、着せないでちょうだい」

わたしは汗びっしょりで目を覚ました。隣で眠る我が子の無事な寝顔を見てほっとした。だが、その日の宮参りをわたしはどうしても、あの晴れ着でしたくなかった。

わたしは義母に正直に夢のことを話した。義母は笑い飛ばすかと思った。だが義母の顔はみるみる青ざめていった。そして長いこと黙った後、震える声でぽつり、ぽつりと、この家の隠された歴史を話し始めた。

「その晴れ着はね……もともと、この家の、初代の嫁が、縫ったものなの。今から、百五十年も前。その嫁はね、なかなか、跡取りに恵まれなくてね。姑に、それはもう、ひどく、いびられたそうよ。『石女(うまずめ)』だと、なじられて。それでも、ようやく、男の子を、授かった。その子のためにと、寝る間も惜しんで、縫ったのが、その晴れ着」

義母は桐の箱を忌まわしそうに見て、続けた。

「でもね。宮参りの、その日にね。その子は、突然、亡くなったの。原因は、分からない。……ただ、姑がね、『疫病神の子だ』と言って、その子に、晴れ着を、着せなかったそうなの。他の、丈夫な孫に、着せるつもりでね。それで、初代の嫁は、絶望して、井戸に、身を投げた。死ぬ間際に、こう、書き残して。『この着物を着る子は、みな、わたしの子。わたしが、あの世で、育てます』と」

わたしは総毛立った。では、この晴れ着で宮参りをした歴代の子どもたちは。義母は頷いた。

「みんな、丈夫に育ったわ。……でもね。この家の跡取りはね、代々、家を継いで、子をなすと、四十を過ぎた頃に、決まって、儚くなるの。夫も、義父も、その前も。長生き、しないの。まるで、子をなす役目を終えたら、迎えに来られるみたいに。──初代の嫁はね、着物を着た子を、『自分の子』として、育てて。そして、その子が、次の代を残したら、あの世へ、連れて行くのよ。まだ、自分の子を、抱きたくて」

わたしはその晴れ着で宮参りをするのを断固として拒んだ。義母ももう無理には勧めなかった。わたしたちは新しい晴れ着を買った。何の変哲もない、明るい柄の。息子はそれで宮参りをした。

その夜から、あの黒い晴れ着は桐の箱の中で鳴くようになった。

夜中、和室の桐の箱から赤ん坊の泣き声が聞こえるのだ。おぎゃあ、おぎゃあと。中には着物しか入っていないのに。そして時々、女の声が混じる。「どうして」「わたしの子は、どこ」「返して」と。

わたしたちはその晴れ着を菩提寺に納めて、供養してもらうことにした。住職は晴れ着を見るなり、深いため息をついて言った。

「これは……たいそうな、想いが、こもっておりますな。焼いて、しまいましょう。それが、あの嫁御にとっても、いちばんの、供養です。着物という、『器』がある限り、あの方は、成仏できずに、子を探し続ける」

晴れ着は寺の炎で焼かれた。燃える間、火の中から確かに赤ん坊の泣き声と、女の安堵したような、それでいて悲しげな声が聞こえた。「やっと……やっと、あの子に、会える」と。

それから、うちの家系の「四十で儚くなる」という言い伝えが途絶えるのかどうかは、まだ分からない。夫は今年、三十九になった。──ただ先週、息子が七五三の晴れ着を欲しがったとき、わたしは迷わず新品を買った。そして、ふと思ってしまう。あの初代の嫁は本当に成仏できたのだろうか。それとも今も、どこかで着せる子を探しているのだろうか。次に、うちに古い着物をくれる親戚がいたら、わたしは丁重にお断りしようと思う。