三分怪談

3分で読めるホラー掌編

中編 第十八話 — 読了目安 約10分

送り提灯

祖父の葬式で、初めて見た風習だった。

父の郷里は山あいの小さな集落だ。そこでは人が死ぬと、夜、遺族が「送り提灯」を持って、家から墓地まで故人の魂を歩いて送る。白い和紙の提灯に蝋燭を一本。先頭の喪主が持ち、その後ろを血縁の者が一列に無言で歩く。

ただ一つ、厳しい決まりがあった。「送りの列を、途中で振り返ってはならない」。どんなに後ろで物音がしても、名を呼ばれても決して。振り返れば故人が「まだ、こちら側にいたい」と勘違いして、還ってこられなくなる、という。

祖父の送りは私が喪主代理として先頭を歩いた。提灯の頼りない灯り。夜道は真っ暗で足元しか見えない。後ろから父や親戚たちの草履の音が、じゃり、じゃりとついてくる。

墓地まで半分ほど来たときだった。後ろの足音が増えた気がした。

出発したとき、列は七人だった。だが背後の足音は明らかにそれより多い。じゃり、じゃり、じゃりと重なり合って。十、いや、もっと。振り返りたい衝動を私は必死にこらえた。決まりだ。振り返っては、いけない。

そのうち足音に混じって囁きが聞こえ始めた。後ろから。すぐ耳の後ろから。

「……おれも、送ってくれ」

「わたしも、まだ、墓に、入れてもらえてない」

「ここを、通る送りに、ついていけば、一緒に、送ってもらえる」

知らない声ばかりだった。老人の声。女の声。子どもの声。この集落で、かつて死に、きちんと送られなかった者たちが、祖父の送りの列に後ろから次々と連なっているのだ。一緒にあの世へ送ってもらおうと。

私は震えながら歩き続けた。提灯の灯りだけを見つめて。後ろの列はどんどん長くなった。足音が地響きのようになった。集落じゅうの死者がついてきているようだった。

墓地の入口が見えた。あと少し。そのとき、いちばん近い耳のすぐ後ろの声がはっきりと言った。祖父の声で。

「なあ。一度だけ、振り返って、くれんか。最後に、お前の、顔が、見たい」

心臓が締めつけられた。祖父の優しい声。可愛がってくれた祖父の。振り返って顔を見せてやりたい。たった一度だけ。──だが私はこらえた。歯を食いしばって。これは祖父ではない。後ろに連なった名もない死者の誰かが、私を振り向かせるために祖父の声を使っているのだ。振り返れば列の全員が、こちら側に雪崩れ込む。

私は墓地にたどり着いた。提灯を祖父の墓前に供えた。そして決まり通り、その場で蝋燭を吹き消した。

灯りが消えた瞬間、背後のあの地響きのような足音と無数の囁きが、ぴたりと止んだ。しんと静まり返った。

私はそこで初めて振り返った。

誰もいなかった。真っ暗な夜道がずっと続いているだけ。父や親戚たちはまだ、ずっと後方、集落の外れに七人、固まって立っていた。彼らは墓地まで来ていなかった。決まりで喪主だけが最後の坂を上るのだ、という。

では、私のすぐ後ろを墓地までついてきた、あの大勢は。祖父の声で囁いた、あれは。

父にそのことを話すと、父は青ざめて言った。

「……お前、途中で、振り返らんかったか」

「振り返らなかった。決まり通り」

父は深く息を吐いた。そして、こう続けた。

「それで、良かった。……あのな。送りの列に、死者が連なるのは、ほんとうだ。だが、それだけじゃない。振り返らずに、墓地まで送りきると、連なった死者も、まとめて、一緒に、あの世へ、送られる。だから、この集落の送りは、一人が、大勢を、送る。──けどな。もし、途中で、振り返ったら。連なった死者は、行き場をなくして、振り返った者に、『乗り換える』。以来、その者は、死ぬまで、後ろに、大勢を、背負って、生きることになる。うちの、大叔父が、そうだった。送りで、振り返って。それから、死ぬまで、背中に、いつも、大勢の、気配を、背負っとった」

私は無事に送りきった。何も背負わずに済んだ。そのはずだった。

だが、それから時々思う。あの夜、私が吹き消した蝋燭。その灯りが消えて背後の足音が止んだ、あの瞬間。本当に全員、あの世へ送られたのだろうか。──最近、夜道を歩くと背後で、じゃりと草履の音がする。振り返っても誰もいない。ただ一人分の足音だけが、いつも私の半歩後ろをついてくる。あの夜、いちばん近くで祖父の声を使った、誰かのように。私はもう、決して振り返らない。