角部屋
2026.08.14
毎晩十一時になると、壁を叩く音がする。
とん、とん、とん、と三回。決まって三回。隣人の生活音にしては規則的すぎるが苦情を言うほどでもない。二か月ほど我慢して、とうとう管理会社に電話した。
担当者は部屋番号を確認すると少し黙り、それから言いにくそうに切り出した。
「あの……お隣の二〇五号室は空室です。もう三年ほど」
「じゃあ反対側の」
「お客様のお部屋は角部屋です。壁の向こうは外です」
言われて初めて自分の部屋の間取りを思い浮かべた。そのとおりだった。音がするのはベッドの頭側の壁。その向こうは三階分の高さの、ただの空中だ。
担当者は電話口で、なだめるように続けた。
「前の入居者の方からも同じお問い合わせがありました。その前の方からも。皆さん気になさって退去されるんですが……あの、これは担当としてではなく個人的な助言なんですけど」
「はい」
「叩き返さないでください。前の方は、それで」