歯型
2026.08.28
一人暮らしの冷蔵庫に、プリンをふたつ買って入れておいた。
夜勤明けに食べるのを楽しみに仕事へ出た。帰ってきて冷蔵庫を開けると、ひとつは無事だった。もうひとつは蓋が開いていた。
食べかけ、というのとも違う。スプーンは使われていなかった。プリンの表面に小さな歯型がぐるりと一周ぶん残っていた。子どもの歯のような細かい歯型が。
鍵はかかっていた。窓も閉まっていた。気味が悪くて捨てた。
それから、ときどき「やられる」ようになった。食パンの耳のところに点々と歯型。作り置きのハンバーグの端に歯型。かじり取られてはいない。ただ歯を当てた跡だけが残る。まるで食べたいのに食べられないみたいに。
試しにプリンをみっつ買って、ひとつに付箋を貼ってみた。「どうぞ」と書いて。
翌朝、付箋のプリンだけ空になっていた。容器はきれいに洗って水切りかごに伏せてあった。他のふたつには触れた形跡もなかった。
以来、うちの冷蔵庫にはいつも「どうぞ」がひとつ入っている。歯型の悪戯はぴたりと止んだ。
先週、実家の母に電話でこの話をしたら、母は少し黙ってから言った。「あんた、小さい頃、冷蔵庫に居もしない妹の分を取っておく癖があったの、覚えてる?」——覚えていない。覚えていないが、「どうぞ」の付箋を書くとき僕はなぜか毎回、まだ字を覚えたての子どもでも読めるような丸く大きな字で書いている。