三分怪談

3分で読めるホラー掌編

第二十五話

口笛

2026.08.28

子どもの頃、自分だけの歌を作った。

誰にも教えたことのない四小節の短い旋律だ。眠れない夜に頭の中で繰り返す、お守りみたいな歌。楽譜にも書いていない。口に出して歌ったことも、たぶん数えるほどしかない。

先月の夜、残業帰りに公園を突っ切ろうとして足が止まった。

誰かが口笛を吹いていた。

あたしの歌だった。四小節、寸分違わず。旋律は暗がりの奥、公衆トイレの裏あたりから聞こえていた。あたしは確かめずに走って帰った。

口笛はそれから何度も現れた。マンションの駐輪場で。コンビニの外で。決まって姿は見えず、決まってあたしの歌だけを繰り返し吹く。

友人に相談すると、笑いながらこう言った。「子どもの頃、誰かに聞かれてたんじゃないの」。それだと思った。思って、すぐに血の気が引いた。

あの歌を作ったのは祖父の葬式の晩だ。田舎の家の仏間の隣の部屋で、眠れずに布団の中で小さく歌った。あの家であの晩、あたしの歌を聞けた者がいるとしたら。

ゆうべ、口笛はとうとうマンションの廊下まで来た。うちのドアの前で四小節。それが終わると少し間があって、初めて聞く旋律が続いた。

五小節目だった。

あたしの歌に続きが作られている。向こうは何十年もかけて、あの歌を育てていたらしい。ドア越しの口笛は五小節目を三回繰り返して止んだ。覚えろ、ということだと思う。——覚えてしまったら、次はたぶん、一緒に歌う番だ。