三分怪談

3分で読めるホラー掌編

第三十一話

吹雪の同乗者

2026.09.14

雪国で長距離トラックに乗っている。冬の峠越えは命がけだ。

その晩は猛烈な地吹雪だった。ワイパーが追いつかない。俺は速度を落として峠道を這うように上っていた。ヘッドライトの届く数メートル先しか見えない。

その白い闇の中に人が立っていた。道の脇に、コートも着ずに若い女が立っている。こんな夜に、こんな場所に。俺は反射的にブレーキを踏み、助手席の窓を開けた。女はふらりと近づいてきて、掠れた声で言った。

「……ふもとまで、乗せてください。お願いします」

遭難しかけているのだと思った。俺は女を助手席に乗せた。女はひどく冷たい空気をまとっていた。暖房を最強にしても車内の温度が上がらない。女は俯いたまま、震える声でぽつぽつと話した。

「毎年、この時期になると帰りたくなるんです。家に。……もう、ずいぶん、帰っていないから」

峠を下りきる少し手前で、女がふいに顔を上げ、フロントガラスの一点を指して言った。

「あそこの、ガードレールの切れ目。あそこで、停めてください」

そこは崖沿いのカーブだった。人家などない。俺が訝りながら車を停めると、女は「ありがとうございました」と頭を下げ、ドアを開けて雪の中へ降りていった。

ルームミラーで見送った。女はガードレールの切れ目に立ち、こちらに一礼して——そのまま崖の下へ、音もなく身を投げた。

俺は悲鳴を上げて集落まで走り、駐在所に飛び込んだ。事情を話すと、老いた駐在は顔色を変えずに静かに言った。

「そのカーブでね、五年前の今頃、若い女性が車ごと転落して亡くなってるんですよ。吹雪の晩でね。あの人は、毎年この時期、家に帰ろうとして峠に立つんです。でも、あのカーブまで来ると、いつも思い出してしまう。自分が、もう帰れないことを」

駐在は、湯呑みを両手で包む俺に付け加えた。

「乗せてもらった礼に、あの人は、乗せた人を必ず無事にふもとまで送り届けるんです。今夜の吹雪、ひどかったでしょう。……あんた一人だったら、あのカーブ、曲がりきれてたかね」

助手席には、溶けかけた雪が人の形に残っていた。それから毎年、あの時期に峠を越えるとき、俺は助手席の窓を少しだけ開けておく。乗りたい人がいれば、いつでも、と。無事に帰りたいのは、こちらも同じだから。