開かずの踏切
2026.09.21
下町の、古い踏切の話だ。
ラッシュ時にはなかなか開かない、いわゆる「開かずの踏切」だった。だが地元の人が本当に恐れていたのは混雑ではなかった。深夜の、終電が過ぎたあとの踏切だ。
終電後、もう電車は来ないのに、その踏切は時々鳴る。かん、かん、かん、と警報が鳴り遮断機が下りる。そして来ない電車を、いつまでも待たせる。
地元では、こう言い伝えられていた。深夜に踏切が鳴ったら遮断機の向こう側を見てはいけない。向こうに手招きする子がいるから。目が合った者は次の「待つ人」にされる、と。
僕はその言い伝えを笑っていた。残業帰りの深夜、酔った勢いもあって、鳴っている踏切の前でわざと向こう側を見た。
遮断機の向こう、線路の真ん中に小学生くらいの女の子が立っていた。黄色い通学帽をかぶり、赤いランドセルを背負って。その子はこちらに向かって、にこにこと手を振っていた。おいで、おいで、と。
可愛らしい仕草だった。僕はつられて手を振り返しそうになった。そのとき背後から、誰かに肩を掴まれた。
振り返ると、駅員の制服を着た初老の男が立っていた。彼は青い顔で僕を踏切から引き離し、低い声で言った。
「振り返しちゃ、だめだ。あの子と手を振り合ったら、代わってもらえると思われる」
「代わって、って……」
「あの子はね、二十年前、この踏切で亡くなったんだ。集団登校の列からボールが転がって。追いかけて間に合わなかった。それ以来、あの子はずっと次の電車を待ってる。自分が撥ねられたことに気づいていないんだ。だから通る人に手を振って、『一緒に待とう』って誘う。誘われた人が手を振り返すと、その人があの子の代わりに、あそこで待つことになる。永遠に」
警報が鳴りやんだ。遮断機が上がった。線路の真ん中の女の子は、もういなかった。
駅員はほっと息をついて僕に言った。もう帰りなさい、と。そして線路の向こうへ、ゆっくりと歩いていった。僕は礼を言おうとして気づいた。この時間、駅は無人のはずだ。改札もとっくに閉まっている。制服を着た駅員がいるはずがない。
後日、地元の古老に聞いて分かった。二十年前、撥ねられた女の子を助けようと線路に飛び込み、一緒に亡くなった若い駅員がいたのだと。その駅員は今も、あの踏切で女の子が誰かを道連れにしないよう、通る人の肩を掴んで止めているのだという。──手を振り返しそうになった僕を止めた、あの冷たい手を、僕はまだ肩に覚えている。