三分怪談

3分で読めるホラー掌編

第三十三話

素掘りのトンネル

2026.09.28

山あいの村と村を結ぶ、古い素掘りのトンネルがあった。

コンクリートで固めていない、岩肌がむき出しの、明治の頃に人力で掘られたトンネルだ。照明もなく昼でも中は真っ暗。地元の人は「あそこには掘った人がまだいる」と言って、夜は決して通らなかった。

俺は廃道マニアだった。その手の心霊譚はむしろご馳走だ。ある夜、懐中電灯を片手にそのトンネルに入った。

中はしんと冷えていた。足音が岩肌に反響する。天井から水滴がぽたぽたと落ちる。懐中電灯の光が、削られた岩の無数のツルハシの跡を照らした。手掘りの、気の遠くなるような労力の跡だ。

トンネルの中ほどで俺は音に気づいた。かつ、……かつ、……と、岩を叩く音。ツルハシで岩を掘るような音。奥から聞こえる。誰かいるのか。俺は懐中電灯を音のする方へ向けた。

いた。トンネルの壁に向かって、作業着姿の男がツルハシを振るっていた。古い、絣の作業着だ。男は一心に岩を掘っていた。かつ、かつ、と。こちらに背を向けて。

俺は声をかけようとした。そのとき男の足元が目に入った。男は地面から十センチほど浮いていた。ツルハシを振るう腕の、その手首から先が岩と同じ色になりかけていた。

俺は後ずさった。すると男の掘る手が止まった。そして背を向けたまま、くぐもった声で言った。

「……あと少しなんだ。あと少しで、向こうに抜ける。抜けたら、みんなが通れる。楽になれる。だから、手伝ってくれ。もう、腕が動かないんだ」

男がゆっくりと振り返ろうとした。俺は悲鳴を上げて来た道を逃げた。背後で、かつ、かつ、と、また岩を掘る音が再開した。追ってはこなかった。

後日、地元の郷土史を調べて分かった。そのトンネルは明治の末に掘られたが、貫通する直前に落盤があった。何人もの人夫が生き埋めになった。遺体は掘り出せなかった。トンネルは別のルートで少しずらして掘り直され、完成した。

つまり、あの男が掘っていた壁の向こうはどこにも通じていない。生き埋めになった人夫たちが、今も抜けられると信じて岩を掘り続けているのだ。もう百年以上、あと少し、あと少しと。──手伝わなくてよかったのだと思う。手伝っていたら、俺もあの壁の中で掘り続けることになっていた。あと少し、あと少しと、永遠に。