木の下の子
2026.11.02
沖縄の、祖母の家の庭には大きなガジュマルの木があった。
気根がいくつも垂れ下がった、いかにも精霊が宿っていそうな古い木だ。子どもの頃、その木の下で遊んでいると、祖母がいつも優しく、しかしはっきりと言った。
「あの木の下でな、知らない子と遊んでても、いいよ。仲良くしてあげなさい。けどな、絶対に、その子に名前を聞いたらいかんよ。それと、その子が『一緒においで』って言っても、木の向こうにはついて行ったらいかん」
あたしは、その木の下でよく一人の女の子と遊んだ。あたしと同じくらいの歳の、絣の着物を着た色の白い子だ。名前は祖母に言われたとおり聞かなかった。その子はいつも木の根元に座って、あたしと石を並べたり歌を歌ったりした。楽しかった。
ある日、その子が初めて木の向こうを指さして言った。
「ねえ、こっちにも、おいでよ。木の、あっちがわ。みんな、いるよ。おかあさんも、おとうさんも、みんな。あそこは、あかるくて、あったかいの」
あたしはつられて立ち上がりかけた。そのとき祖母が血相を変えて庭に飛び出してきた。そして、あたしを力いっぱい抱きしめて木から引き離した。女の子は寂しそうにこちらを見ていた。祖母はその子に向かって手を合わせ、涙ぐみながら何かを沖縄の言葉で語りかけた。
その夜、祖母が教えてくれた。あのガジュマルの木は戦争のとき、たくさんの人がその根元で亡くなった場所なのだと。逃げ場を失った村人が、その木の下に集まって、そして。あの女の子もその一人。家族とはぐれて、一人であの木の下で亡くなった。
「あの子はな、まだ戦争が終わったのを知らんのよ。家族を探しとる。木の向こうに家族がいると信じて、一緒に来てくれる子を探しとるの。でもね、あんたが木の向こうに行ったら、もう帰ってこられん。あの子と一緒に、あそこで家族を探し続けることになる。永遠に」
あたしは、その夏を最後に本土へ戻り、二度とあの木の下で、あの子と遊ぶことはなかった。
祖母が亡くなり、去年、久しぶりにあの家を訪ねた。ガジュマルはまだそこにあった。あたしは木の下に座って、そっと呼びかけてみた。返事はなかった。ただ、木の根元に小さな石がいくつか、きれいに並べてあった。昔、あの子と並べたときのように。──あの子は今も、あの木の下にいる。誰かが「一緒においで」と言ってくれるのを待ちながら。あたしは並んだ石の隣に、もう一つ石を置いて手を合わせた。「もう、戦争は終わったよ」と心の中で伝えながら。それが、あの子に届いていますように。