三分怪談

3分で読めるホラー掌編

第三十九話

赤い傘

2026.11.09

僕の通っていた小学校には、雨の日にまつわる、こんな決まりがあった。

雨の日の帰り道、通学路の途中の古いバス停で、赤い傘をさした女の人に「傘に入れて」と言われても、絶対に入れてはいけない。入れてもらった子は、次の雨の日にいなくなる——。

子どもの間でずっと語り継がれてきた話だ。誰も本気にはしていなかった。ただ雨の日、あのバス停の前だけは、みんな小走りで通り過ぎた。

六年生の梅雨の帰り道。僕は傘を忘れて、土砂降りの中を一人で歩いていた。びしょ濡れであのバス停まで来たとき、屋根の下に赤い傘をさした女の人が立っていた。

うつむいていて顔は見えない。真っ赤な和傘だった。女の人は僕が近づくと、すっと傘を傾けてこちらに差し出し、優しい声で言った。

「濡れちゃうでしょう。入っていって。うちまで、送ってあげる」

雨は冷たかった。赤い傘の下は暖かそうに見えた。僕は決まりのことなど、すっかり忘れて、その傘に入ろうとした。

そのとき、後ろからクラスメートの声がした。「だめ!」と。振り向くと、傘をさした友達が青い顔で走ってきていた。僕は、はっと我に返り、赤い傘から飛び退いた。

女の人は傘をゆっくりと上げた。初めて顔が見えた。それは顔ではなかった。傘の柄の先に、ぼんやりと白いものがあるだけで、目も鼻も口もなかった。ただ、その、のっぺりとした白い面が僕の方を向いて、こう言った。

「……ざんねん。もう少し、だったのに。この傘はね、二人ぶんじゃ、ないの。一人ぶん、なの。だから、入った子と、わたし。どちらか、一人しか、帰れないの」

女の人は赤い傘をくるりと回して、雨の中へ溶けるように消えた。僕と友達は腰を抜かして、その場に座り込んだ。

後で担任の先生に、このことを話した。先生はいつもは怖い話を笑い飛ばす人だったのに、そのときは笑わなかった。ただ静かに教えてくれた。

「昔ね、そのバス停で、雨の日に、お母さんが、子どもを、傘に入れて。……でも、傘が小さくて、お母さんの片側が、ずっと、雨に濡れていたの。お母さんは、それで、体を壊して、亡くなった。子どもは、無事だった。それからなの。あのバス停に、赤い傘の人が、出るようになったのは。今度は、自分が濡れないように、誰かを、傘に入れて、代わりに濡れてもらおうと、しているのかもしれないね」

今でも雨の日に赤い傘を見ると、足がすくむ。あの、のっぺりとした白い面を思い出すからだ。──ただ、大人になった今、ひとつだけ思うことがある。あのお母さんは、本当に子どもを傘に入れて濡らそうとしていたのだろうか。それとも、雨に濡れる子どもを見て、昔の自分の子を思い出し、ただ傘に入れてやりたかっただけなのだろうか。もう、確かめようはない。