ダムの底
2026.11.16
祖父の故郷は、ダムの底に沈んでいる。
四十年前、治水のために谷あいの村がひとつ、丸ごと水没した。祖父の生まれた家も、通った学校も、今は深い湖の底だ。祖父は生前、その湖に行くのを決して好まなかった。
「あそこにはな、まだ、みんな、住んどるんじゃ。沈められたことに、気づかんで」
祖父が死んで、私はその湖を初めて訪ねた。深い静かな湖だった。展望台に水没前の村の写真が飾ってあった。のどかな山あいの集落。今は、この青い水の下。
湖畔を歩いていると、地元の釣りをしている老人に声をかけられた。老人は私が祖父の孫だと知ると、懐かしそうに、そして少し声を落として教えてくれた。
「この湖はな、凪いだ日の夕方、水の底を覗くと、村が、見えることがあるんじゃ。沈んだはずの、家々がな。……そういう日はな、水の中から、鐘の音が、聞こえる。村の寺の、夕方の鐘じゃ。あれが鳴るとな、村の人らが、『ああ、もう夕方か。家に帰ろう』と、思うんじゃと」
「帰るって、どこへ」
「水の上へ、じゃ。鐘が鳴った日の夜はな、湖のほとりの道を、濡れた人らが、歩いとる。仕事帰りの、村の衆じゃ。畑仕事の格好で、鍬をかついで。『ただいま』言うて、もう無い、自分の家へ、帰ろうとするんじゃ。……あんたも、今夜、泊まるんなら、気をつけなされ。もし、道で、濡れた人とすれ違うても、『おかえり』とは、言うたらいかん」
「なぜ、ですか」
「『おかえり』言うとな、その人は、あんたを、自分の家族と、勘違いする。そして、あんたの家に、一緒に、帰ろうとするんじゃ。水の底へな」
その夜、私は湖畔の宿に泊まった。半信半疑だった。だが夕暮れ時、確かに聞いた。湖の底から、ごおん、……ごおん、とくぐもった鐘の音が。水を通して遠く、寺の鐘が鳴っていた。
そして夜。宿の窓から湖畔の道を見た。歩いていた。濡れた人影が、何人も。鍬をかつぎ、俯いて、とぼとぼと。皆、水の滴る音をさせながら、道を上流の方へ——もう家などない、湖の奥へと歩いていった。「ただいま」「ただいま」と口々に呟きながら。
私は窓を閉め、布団をかぶって朝を待った。「おかえり」とは言わなかった。──だが明け方近く、宿の玄関で戸を叩く音がした。とん、とん。そして祖父の声がした。「ただいま。……やっと、家に、帰れたぞ」と。私は開けなかった。開けられなかった。祖父の家は、もう水の底にしかないのだから。あの声に「おかえり」と言ってあげられなかったことを、私は今も悔やんでいる。でも、あれに応えていたら、私もあの濡れた列に加わっていた。