内線
2026.12.14
夜勤の警備員をしている。深夜の無人のオフィスビル。仕事は二時間おきの見回りだけだ。
そのビルには内線電話がある。各フロアの防災センターに繋がる古い黒電話。俺のいる一階の受付にも一台。夜中に鳴ることは、まずない。無人なのだから。
その晩、午前三時。内線が鳴った。
受話器を取る。ザザ、というノイズ。それから、くぐもった男の声。「……八階、見回り、まだですか」。八階の同僚か。だが、今夜の勤務は俺一人のはずだ。
「どちら様ですか」と聞くと、声は、少し間を置いて、答えた。「八階の、宿直です。早く、来てください。ここ、誰かいるんです。私の、後ろに」
俺はマニュアル通り、八階へ向かった。エレベーターで上がる。八階は真っ暗だった。防災センターの扉を開ける。誰もいない。電話は受話器が外れていた。
受話器を耳に当てた。まだ繋がっていた。相手は、まだいた。
「あ、来てくれたんですね」と、声が言った。ただ、それは、受話器の向こうではなく、すぐ、耳元で、聞こえた。「私の、後ろ、見えますか」
受話器を落として、振り返った。誰もいない、真っ暗なフロア。──だが翌朝、防災センターの記録を確認して、背筋が凍った。八階の内線から一階へ発信された履歴が、この十年、毎晩、午前三時ちょうどに一件ずつ残っていた。誰も宿直などしていない、無人の八階から。