試着室
古いデパートの婦人服売り場でのことだ。
気に入ったワンピースを試着することにした。案内された試着室は奥まった一角にあって、三面鏡がついていた。正面と左右。自分の姿が三方向から映る。
着替えて鏡を見た。よく似合っていた。左右の鏡に映る横顔も後ろ姿も悪くない。買おう、と思った。
元の服に着替え直してカーテンを開けようとした、そのときだ。ふと鏡が目に入った。
正面のあたし。左のあたし。どちらも元の服に着替え終えている。だが、いちばん右の鏡の中のあたしだけ、まだワンピースを脱いでいる途中だった。半分、肩から下ろしかけた格好で。こちらを見て動きを止めていた。
あたしは右の鏡をまじまじと見た。鏡の中のあたしは動かない。あたしが右手を上げても、鏡のあたしは上げない。ただじっと脱ぎかけのままあたしを見て、うっすら笑っていた。
悲鳴を上げて、あたしは試着室を飛び出した。店員に訴えたが確認に行くと、右の鏡には何も映っていなかった。ただ、あたしが映るだけ。
「お客様」と、店員が、青ざめて言った。「その試着室の、右の鏡は……前に、お客様が一人、着替えの途中で、倒れて、そのまま。……それ以来、右の鏡だけ、いつも、脱ぎかけの人が、残るんです」
あたしはそのワンピースを買わずに帰った。──だが、その夜。家の姿見の前で着替えていると、右半分のあたしだけが、いつもほんの少し脱ぐのが遅れる。半分、肩を出した格好で。あの試着室に置いてきたはずのあたしが、少しずつこちらの鏡に移ってきている。