背比べ
会ったことのない祖母が亡くなった。
父と生前、絶縁していた祖母。僕はその家に一度も行ったことがなかった。遺品整理のため、初めて祖母の古い家を訪れた。
誰も住まなくなった埃っぽい家。その居間の柱に、無数の横線の傷が刻まれていた。子どもの背比べの傷だ。よくある、あれ。一本ずつ鉛筆で日付と名前が添えてある。
何気なく覗き込んで、僕は凍りついた。傷の脇に書かれた名前は、すべて僕の名前だった。そして日付は、僕が生まれた年から一年ごとに。ちょうど僕の誕生日に。
いちばん下の傷は僕が一歳のときの身長。そのころの僕の背丈とぴったり同じ高さだった。その上が二歳。三歳。僕の成長の記録が、そのまま刻まれていた。会ったことも来たこともない、この家の柱に。
父に電話で聞いた。父は長い沈黙のあと、絞り出すように言った。
「……お前が生まれたとき、母さんは、『この子は、うちの子だ。うちで、育てる』と、言い張ってな。俺は、怖くなって、縁を切ったんだ。母さんは、お前を、一度も見たことがない。……だが、毎年、お前の誕生日になると、電話してきた。『今年も、背が伸びたね。柱に、印をつけておいたよ』と」
僕はいちばん上の傷を見た。今年の日付。先月の僕の誕生日。そして、その高さは僕の今の身長と寸分たがわず同じだった。誰も住んでいない、この家で。誰が測ったというのか。
僕はその家を早々に後にした。柱のことは忘れようとした。──だが、今年の誕生日の翌朝。目を覚ますと、僕の寝室の柱に横線の傷が一本、刻まれていた。日付と僕の名前を添えて。今年の僕の身長の高さに。祖母はもういない。だが来年も印はつくのだろう。僕がこの背丈で止まるまで。あるいは、この背丈の僕が、あの家の柱のいちばん上に追いつく日まで。