三分怪談

3分で読めるホラー掌編

第五十三話

峠の約束

車が故障して山道で立ち往生していた。

日が暮れかけたころ、一台の軽トラが止まってくれた。日に焼けた無口な老人が、峠の下の町まで乗せてくれるという。俺は礼を言って助手席に乗り込んだ。

細い山道を軽トラは登っていく。しばらくして老人が前を見たまま、ぽつりと言った。

「この先の、カーブにな。女が、立っとることがある。白い服の。乗せてくれ、と、手を挙げる。……だがな、あんた。何を見ても、何を聞いても、『乗せてやってくれ』とだけは、言うなよ。あんたが頼まなけりゃ、わしは、通り過ぎる。あんたが頼んだら、乗せにゃならん。それが、この峠の、約束でな」

気味の悪い話だ、と思った。だが、次のカーブに本当に女が立っていた。白いワンピースの若い女。青白い顔で、こちらに向かって必死に手を挙げている。ヘッドライトに照らされて。

軽トラは速度を緩めない。女が口を動かした。声は聞こえない。だが、その口ははっきりと「たすけて」と言っていた。俺は思わず口を開きかけた。あの人を乗せてあげて、と。

だが、老人のさっきの言葉が頭をよぎった。俺はぐっとこらえて何も言わなかった。軽トラは女のすぐ横を通り過ぎた。女は追ってこなかった。ただじっと俺を見ていた。

峠を下りきり、町に着いた。老人が初めて俺の顔を見て、少しだけ笑った。

「よく、我慢した。……あんた、賢いな。たいていの者は、優しいから、つい、『乗せてやってくれ』と、言うてしまう。そうすると、女は、乗ってくる。そして、乗せた者と、乗せてやってくれと頼んだ者、二人のうち、どちらか一人を、峠に、置いていくんじゃ。身代わりに」

俺は礼を言って軽トラを降りた。老人は町の灯りの中へ走り去っていった。──後日、俺はその峠のことを地元の人に聞いた。すると、妙なことを言われた。あの峠には送迎してくれるような親切な軽トラの老人などいない、と。むしろ逆だ、と。「あの峠でな、日暮れに軽トラに乗せてもらったら気をつけろ。運転しとる爺さんはな、とっくの昔に峠で死んどる。あの爺さんは、道に立った女に身代わりを乗せてやるために客を探しとるんじゃ」。──では、あの晩、身代わりに峠へ置いていかれなかったのは。俺と女の、どちらだったのだろう。