ただいま
妻が事故で急に亡くなった。
妻はいわゆる「スマートホーム」に凝っていた。家じゅうの家電をスマホや音声で操作できるようにしていた。「ただいま」と言えば玄関の電気が点き、エアコンが入り、好きな音楽が流れる。「行ってきます」と言えば全部消える。妻が生活パターンを細かく設定していた。
妻の四十九日が過ぎたころから、家がおかしくなった。
消したはずのリビングの電気が、夜になると点く。誰も操作していないのに風呂が沸く。妻がいつも風呂を入れていた午後七時ちょうどに。夕方には妻の好きだった音楽が勝手に流れ出す。
最初は設定が残っているのだ、と思った。妻の組んだスケジュールが、まだ動いているのだ、と。俺はアプリを開いて、その自動設定を全部消した。
だが、家は止まらなかった。むしろ動きが増えていった。俺の帰宅する時刻に合わせて玄関の電気が点くようになった。俺が寝室に入ると、寝室の照明が妻の好きだった暖かい色に変わる。まるで誰かが俺を迎えて世話を焼いているように。
アプリの操作履歴を見た。すべての操作を実行しているアカウントは一つ。妻のアカウントだった。とっくに使われなくなったはずの。履歴には、こう記録されていた。毎晩、俺が帰る少し前に。音声コマンド「ただいま」が実行されている、と。この誰もいない家の中から。
俺は家電のシステムを全部、解約しようと決めた。妻を成仏させるためにも。──だが、その手続きをした翌朝。俺は玄関で立ちすくんだ。二重にかけた玄関の鍵が、内側から開いていた。妻のアカウントの最後の操作履歴に、こうあった。今朝、午前四時。「行ってきます」。──家電はもう動かない。だが、妻は家を出ていったのだ。俺を迎える側から、俺を外で待つ側に。今夜、俺が「ただいま」と言ったら。今度は誰が「おかえり」と答えるのだろう。