三分怪談

3分で読めるホラー掌編

第五十七話

西の窓

祖父母の家に泊まった夜、祖母からひとつだけ言いつけられた。

「西側の窓だけはな。夜の三時に、外でどんな音がしても、絶対にカーテンを開けたらいかんよ。何が聞こえても、や」

理由を聞いても、祖母は答えなかった。ただ、わたしの手を握る力が少しだけ強くなった。古い農家の客間で、西の窓には分厚い遮光のカーテンがきっちりと引いてあった。わたしは布団に入った。

目が覚めたのは、音のせいだった。トン、トン。トン、トン。窓ガラスを爪の先で遠慮がちに叩くような音だった。枕元の時計は、午前三時ちょうどを指していた。

風の音ではない。木の枝でもない。規則正しい、意思のある音だった。わたしは、布団の中で身を固くした。開けてはいけないと、言いつけを思い出していた。

すると、音がやんで、カーテン一枚のすぐ向こうから声がした。

「……あけて。寒いのよ。ずっと、外にいるの」

母の声だった。三年前に病気で亡くなった、わたしの母の、優しくて少しかすれたあの声だった。間違えるはずがなかった。胸が締めつけられ、会いたかった。涙が、勝手にあふれた。

「ねえ、あけて。顔を見せて。あなたのこと、迎えに来たのよ」

わたしは、布団から手を出し、カーテンに伸ばしかけた。母がそこにいる、会える、その一心だった。でも、指先がカーテンに触れる寸前で止まった。祖母の強く握った手の感触を、思い出したからだ。

わたしは手を引っ込め、声を殺して朝まで布団をかぶっていた。声は何度も何度も、わたしを呼んだ。やがて、空が白むと音も声もふっと消えた。

朝、わたしは祖母にゆうべのことを話し、母の声がしたと伝えた。祖母は、長いこと黙ってからぽつりと言った。

「……そうか。開けんかったか。えらかったな。──でもな。あの窓の外はな、崖なんよ。人の立てる場所なんて、どこにもないの。だから、何が叩いとっても人じゃないの。あのな、ひとつだけ教えとく。あんたのお母さんはな、この家に来たことが一度もないんよ。生きとるうちは、一度も、な」