無人駅
うたた寝をして気づいたら、知らない駅名のアナウンスが流れていた。
終電に近い時間に乗り過ごしてしまった。わたしは慌てて、閉まりかけのドアからホームに飛び出した。電車はすぐに走り去っていった。その赤いテールランプを見送って、わたしは周りを見た。
見たことのない無人駅だった。小さな古いホームで、屋根の蛍光灯が一本だけ、じりじりと点滅している。ベンチも自販機も何もなく、虫の声も、風の音もしない。ただ静かだった。耳が痛くなるほど静かだった。
スマホを取り出すと、圏外で、アンテナが一本も立っていない。時刻を見ると、ちょうど00:00だった。さっきまで十一時台だったのに、日付の表示は消えていた。
とにかく改札を出よう。わたしは階段を降りた。改札はすぐに見つかった。でも、様子がおかしい。改札の上の行き先案内の看板や駅名を示す標識、路線図、そこに書かれた文字が全部読めなかった。
かすれているわけでも、外国語でもない。文字の形は確かに日本語のひらがなや漢字に見える。でも、一文字ずつじっと見ると、へにゃりと溶けるように歪んでいく。意味が頭に入ってこない。目で追えば追うほど形が崩れていくのは、まるで脳がその文字を読むことを拒んでいるかのようだった。
そのとき、わたしは確信した。ここは、わたしの知っているどの場所でもない。乗り過ごしてたどり着いたのではない。どこか別の場所に紛れ込んでしまったのだ、と。
改札の向こうを見た。ロータリーのような広場に、何人もの人が等間隔にぽつりぽつりと立っていた。みんなこちらに背を向けて、ぴくりとも動かない。マネキンのように、ただ立っている。
わたしは息を殺して、ホームに引き返そうとした。すると、さっきまで無人だったホームに一台、電車が音もなく停まっていた。ドアが開いている。乗れ、ということなのか。これに乗れば帰れるのか。それとも、もっと遠くへ行ってしまうのか。
わたしは迷った。改札の外の、動かない人たちと、音もなく現れた電車、どちらも同じくらい恐ろしかった。そのとき、背後で声がした。改札の人たちのひとりが、背を向けたまま、全員同じタイミングで、抑揚のない声で言った。「おかえりなさい。ずっと、ここにいたじゃないですか」。──わたしは、自分がどこから来て、どこへ帰ろうとしていたのかを、思い出せなくなっていた。あの歪んだ文字を見つめているうちに、きっと、わたしの中の何かまで溶けて歪んでしまったのだ。今も、わたしはあのホームで電車に乗ろうか迷っている。もう何時間も。いや、何日だろうか。時計はずっと00:00のまま動かない。