姿見
リサイクルショップでアンティーク調の姿見を買った。
木の枠に細かい彫刻の入った古い鏡で、たまたま目について値段も手頃だったため、つい連れて帰ってしまった。寝室の壁に立てかけると、全身がきれいに映った。買ってよかった、とそのときは思った。
違和感を覚えたのは数日してからだ。朝、身支度をしながら鏡を見ていると、どうもおかしい。自分の動きと鏡の中の自分の動きが、ぴたりと合っていない気がするのだ。手を上げると、鏡の自分も手を上げる。ただ、ほんのコンマ数秒、わずかに遅れていた。
気のせいだと思おうとした。鏡が遅れるなんて、あるはずがない。でも、一度気になると止まらなかった。わたしは何度も鏡の前で、首を振ったり手を叩いたりと素早く動いてみた。そのたびに、鏡の中の自分はほんの一拍遅れて同じ動きをなぞり、まるでわたしの動きを見てから真似ているようだった。
怖くなって、できるだけ鏡を見ないようにした。でも、寝室にある以上どうしても視界の端に入ってしまう。そして、見ないようにすればするほど、わたしがよそを向いている間に、鏡の中の自分だけが勝手に動いているような気配を感じるようになった。
ある夜のことだった。寝る前に、ふと鏡を見た。鏡の中のわたしと目が合った。わたしは無表情だった。疲れていたし、笑う理由もなかった。でも、鏡の中のわたしは、にっこりと笑っていた。
口角をきゅっと上げ、目を細め、心から嬉しそうに、わたしが絶対にしたことのない笑い方をしていた。わたしは凍りついた。鏡の中の「わたし」は笑ったまま、こちらを見ている。そして、ゆっくりと片手を上げた。わたしは手なんて上げていないのに、鏡の中の手だけが、わたしに向かって、おいでおいでと手招きをした。
わたしはその鏡を布で覆って、翌日、元のリサイクルショップに引き取ってもらった。店員は慣れた様子で「ああ、これね」と受け取った。「よく戻ってくるんですよ、この鏡は」と。──それから、鏡のない生活を送っている。でも、最近気づいたことがある。外を歩いていて、ショーウィンドウや電車の窓に自分の姿が映ることがある。そのたびに、ガラスの中のわたしは、やっぱり、ほんの一拍遅れて動く。そして、時々、わたしが真顔のときに、にっこりと笑っている。──あの鏡から逃げたつもりだった。でも、本当に鏡の中にいたのは、笑っていたのは、どちらが本物のわたしだったのか。最近は、それすら分からなくなってきた。